2021/08/07

太陽の野  17

  午後5時に社屋へ荷物を取りに来るとバルデスに約束して、大統領警護隊とシオドアは一旦基地へ戻った。遺跡発掘隊を警護する時に使用する部屋があり、そこで夕刻迄シエスタとなった。ケツァル少佐はロホがバルデスの部屋からもらって来た大きな紙の地図を広げて、どの坑道口から入るか検討していた。部下の意見は聞かないので、ステファン大尉は椅子を並べて昼寝を決め込み、ロホも風が当たる廊下に出て壁にもたれかかった。持参した武器の手入れをしないので、多分それは既に出発前に済ませているのだろう。
 シオドアは少佐の向かいから地図を眺めた。坑道図なので複雑な地図だ。三次元のものを二次元で描いてある。眺めても、暗がりの神殿がかなり深い位置にあるとしかわからなかった。

「どうして、こんな深い場所に神殿を造ったんだろう。」

 彼が呟くと、少佐が目で何かを数えながら答えた。

「地下から来たからです。」
「はぁ?」

 彼は彼女を見た。

「誰が?」
「先祖が。」
「グラダ族の先祖が地下から来たって言うのかい?」
「グラダ族だけでなく、”ヴェルデ・シエロ”の先祖が、です。」

 彼女は”暗がりの神殿”の印からほぼ直線に緩やかな傾斜で地上へ延びる坑道を指差した。その大半は赤く塗られていた。

「地下から来て、上を目指して登って行ったのです。地上に出て、青くて高い空と風に揺れる緑の大地を見た時、彼等は深い感動を覚えたことでしょう。」
「だから・・・”ヴェルデ・シエロ(空の緑)”?」

 少佐はシオドアを見た。

「ただの神話ですよ。」

と言った。シオドアは苦笑した。

「君達の存在自体が神話じゃないか。」

 彼は地図の神殿の印を指差した。

「君達の親父さんはこれを探したんだろう? ここに彼を一族の縛りから解放してくれるものがあるかも知れないと期待したんじゃないかな。」
「そんな実在するのかしないのかわからない物に頼っていては、いつまで経っても自由は手に入りません。それに彼が探したのは神殿ではなく、鯨です。」
「ますます混乱する。地下にどうして鯨がいるんだ?」
「化石じゃないですか?」

 神様らしくない答えを言って、少佐は一つの抗口を指した。

「ここから入りましょう。最初は急勾配で歩きにくいでしょうけど、エレベーターよりは安全です。地下で箱に閉じ込められる危険は冒せませんから。」
「シャベス軍曹とアリアナは坑道に入ったと思うかい?」
「2人は”ヴェルデ・ティエラ”と同じですから、私に彼等の存在を感じ取ることは出来ません。でも”操心”をかけられているのでシャベスの動きはなんとなく感じます。彼はこの街に来ています。」
「憲兵隊の検問は無駄だった訳だ・・・」
「特殊部隊の隊員ですから、検問を避ける要領は十分わかっている筈です。それに操る人間も一緒です。上手く気を抑えていますが、そのうちに尻尾を出します。」
「そいつがトゥパル・スワレとか言う爺さんだとして、どうしてカルロを誘き出す必要があるんだろう? そいつの術が優れているのなら、グラダ・シティで彼を殺せた筈だ。手の込んだことをする必然性があると俺には思えない。それに彼が子供のうちに始末してしまった方が、誰にもバレずに済んだだろうに。」

 少佐が腕組みした。

「確かに、貴方が言う通りです。トゥパル・スワレが暗殺の首謀者だとして、何故今なのかと言う疑問が残ります。簡単に殺せる子供時代は手を出さず、大人になって大統領警護隊と言う”ヴェルデ・シエロ”にとって最高の能力開発訓練の場にいる彼を狙い、眠っていた彼の能力を目覚めさせてしまいました。全く逆効果です。」
「今迄は、彼に手を出せない理由があったんじゃないか?」

 シオドアは地図を広げたテーブルの上に身を乗り出した。

「トゥパル・スワレは君にもカルロの妹にも手を出していない。女だから手を出さないんじゃなくて、やっぱり手を出せない理由があったんだ、きっと。もし今回の罠でカルロを殺してしまったら、次は君と妹が狙われる、俺はそんな気がする。」

 ケツァル少佐は小さな溜め息をつき、椅子の上で寝ている異母弟を見た。

「新入隊員の披露式で並んでいる彼を見た瞬間に、彼に私と同じグラダの気を感じて、初めて同族を見つけた思いで嬉しかったのです。それから折に触れて彼の訓練の様子を伺っていました。気のコントロールが下手で一族としては落ちこぼれでしたが、兵士としては優秀でしたから、期待していました。エステベス大佐が文化保護担当部を設置すると決めて私を指揮官に任命された時に、部下を自由に選べと仰いました。私は迷わず彼と優秀なロホを選びました。正反対の2人ですが彼等と上手く働ける自信があったのです。どちらも私にとっては大事な部下であり、弟達です。今回の件に、本当はロホを巻き込みたくなかったのですが、彼が事件の第一発見者ですからね、仕方がありません。それに彼の力が必要です。まだカルロは自由に能力を使いこなせていませんから。」

 彼女はシオドアに視線を戻した。

「本心は貴方も地下へ連れて行きたくないのです。私にとっても未知の場所ですから、危険過ぎます。」
「残れなんて言わないでくれ。」

 シオドアは彼女を見つめ返した。

「俺は自分だけ安全な場所で待つのは御免だ。足手まといにならないよう努力するから、連れて行ってくれ。」

 少佐が微笑してうなづいた。彼女は地図を片付け、いきなりテーブルの上に乗っかった。

「夕刻までまだ時間があります。私達も休憩しましょう。隣にどうぞ。」

 彼女が横のテーブルの面を叩いてみせたので、シオドアはドキドキした。嬉しいが、どうして彼女はこんなに男の心を理解しないのだ?



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