ロープを結えつける岩は抜け穴がある岩壁が湖に面している辺りにしかなかったので、そこに結びつけた。腰にロープを巻いたステファン大尉を見て、不安解消を兼ねてシオドアは揶揄った。
「まるで繋がれた猫だな。」
ステファン大尉はふんと言った。
「せめてジャガーだと言って下さい。」
彼は丸腰で1メートル程の岩を下り、水に脚を浸けた。ああ、と声を上げたのでケツァル少佐が慌てて水辺に来た。
「どうしました?」
「水が冷たい。」
少佐が肩の力を抜いたので、シオドアはクスッと笑った。
「なんだかんだ言っても、君は彼が心配なんだ。」
「部下の安全は上官の責任ですからね。」
少佐は彼と並んで湖の中の部下を眺めた。
水深は1メートル20センチ程だろうか。足が立つ様だが、ステファン大尉は泳ぎ始めた。水流を斜めに遡っていくのは、帰りが楽だからだろう。シオドアは水温を考え、”ヴェルデ・シエロ”はどれ程の低温に耐えられるのだろうと心配した。氷の様な冷たさではないが、普通の人間が長時間浸かっていられる温度ではなかった。
天井の光る点達がまた騒ぎ出した。と言っても攻撃する気配はなく、ザワザワと動いているだけだったが、少しばかり活発になった様だ。少佐が天井を見上げた。シオドアが知り合いでもいたかと尋ねると、「ノ」と答えた。
「誰の顔も見えません。ただ光が動いているだけです。」
「俺もザワザワ木の葉が風に揺れる音みたいなものしか聞こえない。」
命綱のロープはまだ余裕があった。少しずつ水の中へ入っていくロープをシオドアは見ていた。
ステファン大尉が鯨に辿り着いた。彼が手を伸ばすと光の点がサッと左右に動いた。岸辺のシオドアにもそれが見えたので、彼は声をかけてみた。
「その小さいのは生き物かい?」
「その様にも見えますし、違うかも・・・」
とステファンが曖昧な返事をした。
「手に触れても感触がありません。」
彼は光のベールの中に手を突っ込んだ。彼の腕が肘まで光の中に入って行ったので、シオドアはドキドキした。まさか、あのまま吸い込まれるんじゃないだろうな?
ドンっと音がした。少佐が「何?」と尋ね、ステファンが答えた。
「拳で叩いてみました。金属のようで・・・少し温かい・・・すべすべして・・・」
どうやら鯨の本体に触れている様だ。
「何処にも手をかけられる場所がありません。反対側へ行ってみます。」
彼は鯨の尾なのか頭なのかわからないが、上流側へ鯨の流線形の体に沿って泳いで行った。命綱がどんどん水の中へ入って行く。
「あれは何だと思う?」
シオドアは少佐に声を掛けた。少佐はまた首を傾げた。
「人工物だと思いますが、見当がつきません。」
「U F Oかな?」
「地下にU F Oですか?」
「何処かの火山から地下へ入り込んで隠してあるとか・・・」
「誰が?」
「君達のご先祖?」
「テレビの見過ぎですよ。」
超能力者に軽くいなされてしまった。
「兎に角、君達のご先祖はこの湖と鯨を見て、神秘的なものを感じたのは間違いない。だから神殿を造って祀ったんだ。あの神殿に神像がなかったのは、ここに本尊があるからさ。」
ステファン大尉が鯨の端っこに到着した。そのまま島陰に回り込んで姿が見えなくなった。シオドアは耳を澄ました。手で水をかく音が聞こえたので、ホッとした。
「そっち側も同じかい?」
「スィ。」
シオドアは命綱がもう残り少ないのを見た。
「そろそろ戻って来いよ。ロープがいっぱいいっぱいだ。」
「承知・・・」
遂にロープがピンと張った。シオドアは岩に結びつけてある付近を掴んで、くいくいと引っ張ってみた。抵抗があった。ステファンが引いたのか、鯨の端っこで何かに引っかかったのか。シオドアはステファンの服とアサルトライフルを岩の根元に移動させた。大尉が水から上がったら直ぐに服を着られるよう準備した。バスタオルはないが、汗拭き用の小さいのはある。少佐もリュックの所へ戻った。何かを取り出そうと彼女が荷物を探りかけて動きを止めた。シオドアは彼女から2メートル程離れたところで、大尉の軍靴を掴み上げようとしていた。微かに気温が下がった気がして、彼女の方を見た。
「どうした・・・」
彼は口を閉じた。暗闇の中から1丁のライフルが突き出されていて、シオドアを狙っていた。
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