村長は60過ぎの男だった。もしかすると本当はもっと若いのだろうと思ったが、テオもステファンも年齢には触れなかった。テオがエル・ティティ警察の署長の義理の息子だと名乗り、フェリペ・ラモスの遺体が前日の午後に掘り返され、早ければ今夜にでも村に戻って来ると伝えると、涙を浮かべて感謝した。ラモスは独身だったが、遺体を引き取りに来た兄弟は2人共妻子がいた。痩せこけた年配の女性が水でもてなしてくれたので、テオとステファン大尉は有り難く頂いた。デネロス少尉が緑の鳥の徽章を見せて大統領警護隊だと名乗ると、村長が悲しそうに言った。
「フェリペはエル・パハロ・ヴェルデに会いに行ったんです。」
デネロスが身を乗り出した。
「遺跡が荒らされたのですね?」
「スィ、セニョリータ。」
「少尉です。」
「少尉、フェリペは神託をもらいにラス・ラグナスへ通っていました。あの死人の村にはフェリペしか入ってはいけないのです。だが、誰かが入った。フェリペが言ってました。コンドルの目を盗んだ者がいる、と。」
「コンドルの目?!」
デネロスはステファン大尉を振り返った。どんな神様なの? と”心話”で質問したが、ステファンも知らなかった。テオが尋ねた。
「それは、コンドルの目 と言う名前の神様ですか? それともコンドルの神像の目を盗まれたのですか?」
村長は首を振った。わからないと言う意味だった。
「盗掘があったので、フェリペは大統領警護隊に通報に行ったのですね?」
「スィ。オルガ・グランデ基地に時々来ていると聞いたことがあったから・・・」
時々 とは 頻繁に と同意義ではない。近所に発掘申請が出ている遺跡があれば文化保護担当部はやって来るが、申請がなければ遺跡があっても来ない。盗掘の報告がなければ山越えして来ない。他の部署の警護隊はもっと来ない。西海岸に政府要人や国賓が来れば警護でやって来るだけだ。フェリペ・ラモスは基地へ行ったのか? それとも基地に着く前に盗掘犯に出会ってしまったのか?
ステファン大尉の後ろで人の気配がした。テオが振り返ると、先刻の女性だった。村長の妻なのだろう。伝統的な”ヴェルデ・ティエラ”先住民の意匠の古い服を着ていた。習慣を守って夫の許しが出るまで来客と口を聞いたりしないのだが、そこに立っているのだから何か言いたのではないか、とテオは感じた。彼はデネロスに囁いた。
「マハルダ、村長に奥さんと話をする許可をもらってくれないか?」
村長が若い女性であるデネロスと話をするのは、彼女が大統領警護隊だからだ。もし彼女が民間人だったら、彼女の「保護者」であるテオかステファンを通して話をしただろう。それでデネロス少尉は軍人らしい威厳のある言葉で、それでいて丁寧にテオの要請を村長に伝えた。しかもこの地方の先住民の言葉で喋ったので、ステファン大尉がびっくりして彼女を見た。彼も子供の頃は喋っていた言語だが、家族との会話はスペイン語が主流だったし10代半ばで首都へ出てしまったので、殆ど忘れかけていた。どちらかと言えば東海岸の先住民の言葉の方が今は理解しやすい。デネロスは大学でセルバ先住民言語コースを採ったので、オルガ・グランデ出身の学友と話す時は、こちらの方言を使っていた。
自分達の言葉を大統領警護隊が喋るのを聞いて、村長は感激した。テオに涙目を向けて言った。
「セニョール、女房の話を聞いてやって下さい。フェリペが帰って来なくなって、彼女は悲しんでいます。フェリペは彼女の甥なんです。」
1 件のコメント:
原作のサン・ホアン村はもっと寂れてくたびれていた。
村人はほとんど口もきかず、荒廃した雰囲気に書かれていた。
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