2021/09/10

第2部 ゲンテデマ  6

  ケツァル少佐は2人の警備班の大統領警護隊隊員をロムべサラゲレスに紹介した。緑色の鳥の徽章を3個も提示されたバナナ畑の支配人はトラックをチラリと見てから少佐に言った。

「10分待って下さい。商品を荷積みしてしまいます。門の横の事務所で改めてお話を伺いましょう。」

 そこで一行は再び車に乗り込み、バックで門まで戻った。守衛は訪問者が事務所前に駐車して車から降り、入り口の前へ向かったので、慌てて走って来た。そして何も言わずに事務所のドアを開錠した。
 普通の農園管理事務所だった。パソコンが1台、電話が1台、棚に書類のファイルが並び、伝票類やその他書類が他の棚に押し込まれていた。来客用の椅子は1脚しかなく、当然の様にケツァル少佐がそこに座った。テオは窓辺に立ってバナナ畑を眺めた。地面がわずかばかり傾斜して海へ向かって低くなっているのがわかった。ステファン大尉が横に来て、タバコを出して咥えた。テオは窓を開けた。事務所内の空気を入れ替えたかったし、エアコンが効く迄時間がかかりそうだ。それにステファンはタバコに火を点けたいだろう。しかし大尉は残念そうに言った。

「ライターをアイツらに盗られた様です。」
「根っからの泥棒コンビなのかな。」
「そんな連中がシャーマンだとしたら、残念です。」

 ギャラガが彼等の会話を耳にして室内を見回した。ロムべサラゲレスは喫煙しないのか、灰皿もライターもマッチも見当たらなかった。
 少佐は退屈そうに座っていたが、ただ座っているだけではなかった。ギャラガ同様室内を観察していた。しかし”ヴェルデ・シエロ”の居場所であることを示す様な物品は見当たらなかった。グワマナ族が一般人に溶け込んでいると言う噂は本当の様だ。
 トラックがバックで出て来た。門扉前で荷台からロムべサラゲレスと数人の男が飛び降りると、トラックは方向転換してフェンスの外へ出て行った。 作業員達が休憩用のプレハブ小屋に入って行き、ロムべサラゲレスが1人で事務所へやって来た。少佐が立ち上がったので、残りの3人も改めて整列してグワマナ族の族長を迎えた。

「族長がお若いので驚きました。」

と少佐が言ったので、彼は微笑み返した。

「貴女こそお若い。もう少し年上かと想像していました。」

 屋内の明かりの中で見ると、ロムべサラゲレスはテオや少佐と余り年齢が離れていない様に見えた。どう見えても30歳前後だ。

「最近の選挙は何時でしたか?」
「昨年の暮れでした。候補者が5人いたので不安でしたが自信はありました。長老会への顔見せはまだなので、私の当選を知らない人は多いです。」

 テオが怪訝な表情をしたので、ステファン大尉が囁いた。

「族長は選挙で決まるのです。大昔からの常識です。白人は世襲制だと勘違いしがちですがね。」
「ああ・・・そう言えば読んだことがある。北米の先住民も同じなんだ。」

グワマナの族長は椅子がないことを詫びた。

「本来なら客は自宅へ案内するのですが、時間がないとのことですから、ここで済ませましょう。」

 どうやら挨拶の時に、ケツァル少佐は”心話”で既に事情をロムべサラゲレスに伝えていたらしい。族長はステファン大尉に向き直った。

「お探しの男は、シャーマンのイスタクアテ・ロハスと甥のペラレホ・ロハスです。3年前に村を出て行方不明ですが、あの顔は間違いありません。」

 あの顔とは、テオと少佐がチラ見した、車に乗り込む年配の男と若者の顔だ。

「ゲンテデマですか?」
「スィ。ですが、気の毒に過去形です。彼等は船とイスタクアテの弟を失いました。」

 族長が窓から見える海を指差した。

「3年前、彼等はイスタクアテの弟のカイヤクアテと、イスタクアテ、ペラレホの3人であの付近で漁をしていたのです。カイヤクアテはペラレホの父親でした。彼等の船は、観光客が乗った大型クルーザーに当て逃げされたのです。」

 テオが思わず尋ねた。

「犯人は捕まらなかったのですね?」

 話に順番と言うものがあるので、族長は彼を無視した。

「ロハス一家の事故に気付いた仲間の漁船が集まって救助に当たったのですが、カイヤクアテは発見に2日かかってしまい、亡くなりました。イスタクアテは警察に当て逃げしたクルーザーの特徴を証言したのですが、犯人は捕まりませんでした。」

 彼は小さな声で付け加えた。

「相手は金持ちでしたから。」

 つまり、賄賂をもらって警察は犯人を見逃したのだ。テオは唖然とした。セルバ人達はそんなに驚いていなかったが、納得した筈はない。ギャラガ少尉が思わず質問した。

「担当した警察官は一族ではなかったのですか?」
「一族出身の警察官がいたらお目にかかりたい。」

とロムべサラゲレスは言った。確かにテオも”ヴェルデ・シエロ”の警察官を見たことがなかった。”ヴェルデ・シエロ”の公務員はまずもって大統領警護隊だ。隊員になってから官公庁の様々な分野で働くのだ。警護隊に入らなければ軍人だし、それ以外の公務員にはならない。
プンタ・マナの街の警察官は”ティエラ”しかいない。そして彼等は外国人から金品を収賄して”神様”を怒らせた。

「担当した警察官は2人いましたが、どちらも昨年相次いで事故で亡くなりました。」

 当然だろう、と言うニュアンスでロムべサラゲレスが言った。ステファン大尉が尋ねた。

「イスタクアテとペラレホの仕業ですか?」
「我々にはわかりません。」

 わかっていても彼は言わないだろう、とテオも大統領警護隊の3人も思った。恐らくこの街のグワマナ族達は汚職警察官が不慮の死を遂げても不審に思っていないのだ。アイツらは死ぬべくして死んだ、そんな認識に違いない。

「彼等はラス・ラグナス遺跡の神像から目玉を盗み、サン・ホアン村の占い師を殺害した容疑が掛かっています。我々はグラダ・シティで昨日彼等と接触しましたが、逃げられました。彼等が立ち回りそうな場所に心当たりがあれば教えて頂きたい。」
「さて・・・私は彼等の消息を3年ぶりに聞いたばかりですから・・・」

 族長として同族を庇っているのか、本当に知らないのか、判然としなかった。ステファン大尉がイラッとしかけた時、テオが質問した。

「単純に、コンドルの石像の目玉を何に使うかわかりませんか?」
「コンドル?」

 ロムべサラゲレスが初めてまともに白人の彼を見た。

「私はシャーマンではないが、コンドルの目なら探し物に使うでしょう。」
「つまり、件のゲンテデマ達はクルーザーを操縦していた白人を探している?」

 ああ、とケツァル少佐が何かを思いついて声を出した。

「だから魚を儀式に使って、船の行方を海の精霊に尋ねたのですね?」

 

2 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

原作では、死んだのはペラルホの母親。
酒場で働いていて、客の喧嘩に巻き込まれて殺された。

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ペラルホ ではなく、ペラレホ

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