2021/09/04

第2部 地下水路  4

  次にケツァル少佐がテオとギャラガを連れて行ったのは、テオには余りにも馴染み深い店だった。セルバ共和国文化・教育省が入居している雑居ビルの1階にあるカフェだ。彼女も朝食はまだだったので、そこで朝ご飯を3人で食べた。正直に言えば、ギャラガにはファストフードの店での食事は初めてだった。ちょっとした弾みで少佐と目が合ってしまった。

ーー何から何まで貴方は初めてなのですね。

と少佐が”心話”で語りかけてきた。

ーー良いことではありません。早いうちに本部から出なさい。

 ギャラガは慌てて目を伏せた。”心話”の拒否は目上の人に対して失礼な態度を取ることになるが、彼は心を読まれたくなかった。テオが提案してくれた文化保護担当部に入れてもらう話を少佐に知られたくなかった。もしここで少佐に拒否されたら、将来が閉ざされた気分になってしまいそうだった。
 テオがカフェの入り口に置かれている無料配布の観光マップを持って来た。グラダ・シティの観光マップだ。

「下水道は描かれていないが、今朝俺達がラス・ラグナスから到着したのはこの辺りじゃないかな。」

 彼は街の一角を指で押さえた。ラ・コンキスタ通りをずっと南下した辺りだ。ギャラガはグラダ・シティっ子なのにグラダ・シティのことをよく知らない。思わず、どんな場所ですか、と尋ねてしまった。少佐が遠慮なく答えた。

「低所得者層の住居が集まっている地区です。スラムではありません。」

 つまり、先刻蒸し風呂に入れてもらった薬屋の様な家屋が密集している地区だ。路地があり、増改築を繰り返した複雑な家があり、中庭があり、迷路の様に入り組んだ道路があり・・・。

「俺達はカルロを追いかけて”入り口”に入った。恐らく彼も俺達が出た場所の近くに出た筈なんだ。」
「下水道か地上かの差でしょう。」

と少佐が意見を述べた。

「それなら、消えてから5時間・・・否、もう6時間以上経っている。何らかの連絡を寄越しても良さそうなものだ。」

 テオの言葉を聞いて、ギャラガはうっかり考えを口に出した。

「気絶しているのかも知れません。」

 少佐が彼を見たので、彼はまた目を伏せた。彼女が溜め息をついた。心を開かない若者にちょっとうんざりした様だ。彼女はテオに話し掛けた。

「遺跡で抑制タバコの吸殻を拾ったそうですね。」
「スィ。カルロとアンドレの意見では、手製だそうだ。」
「遺跡荒らしは一族の者でしょう。カルロは捕まって正体がバレたのだと思います。」
「身分証は置いて行ったぞ。」
「でも通路を通った。だからバレたのです。電話を使えない状態ですが、生きているのでしょう。」

 淡々とした物言いだ。ケツァル少佐にとってカルロ・ステファンは他の男達とは違う存在だ。大事な部下で、可愛い弟で、愛しい男・・・。しかし彼が危機に陥っても彼女は決して慌てない。否、一度慌てて彼女自身が撃たれると言う失態を演じてしまった。だから彼女は今冷静でいる。焦ってもカルロを見つけられないとわかっているからだ。
 テオが小声で尋ねた。

「”離魂”でも探せないか?」
「気絶している間は無理です。彼が私を呼んでくれれば行けますが。」

 り・・・離魂?! ギャラガはびっくりした。そんな長老級の技を”心話”並みの気軽さで口に出すこの2人は・・・? 
 少佐がギャラガを見た。

「ギャラガ少尉、こっちを見なさい。」

 ギャラガはビクッとして上官を見た。少佐が命令した。

「もう一度、今朝歩いた下水道を思い出しなさい。他のことは考えなくてよろしい。」

 あんなトンネルを思い出して何になるのだろうと思ったら、少佐が眉を寄せた。やばい、「聞かれた」。深呼吸して下水道だけを思い出した。カーブや曲がり角や支流管や壁の様子・・・。梯子まで思い出すと、少佐が「グラシャス」と言った。そして彼女は目を閉じた。少し考え込む様子だった。少佐の電話に着信があった。彼女は電話を出すと、見もしないでテオに渡した。テオが見ると、画面に「マハルダ」と出ていた。彼は代理で出た。

「ケツァル少佐の電話だ。」
ーーテオ!

 デネロスが大きな声で叫んだので、テオは電話を耳から遠ざけた。

ーー無事に”着地”したんですね!
「ああ、無事に着いた。グラダ・シティだ。」
ーー良かった! 
「だが、まだカルロは見つからない。現在捜査中だ。」

 テオは少佐を見た。少佐は特にデネロスと話をしたい気配がなかった。目を開いて地図を睨んでいた。それで彼女に尋ねた。

「マハルダを撤収させて良いか?」

 少佐が無言で頷いた。彼は電話に向かって言った。

「少佐が帰って来いってさ。」
ーー承知しました。
「チコとパブロによろしく言っておいてくれ。」
ーーあ・・・

 デネロスが申し訳なさそうに言った。

ーーあの2人はもうあなた方のことを忘れました。


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

マハルダ・デネロス少尉、孤軍奮闘でオルガ・グランデで頑張ってます!

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