2021/09/04

第2部 地下水路  5

  カルロ・ステファンは”出口”から出た途端に後頭部に打撃を受けて昏倒した。一度目が覚めたが、目を開けないうちに口の中に苦い液体を流し込まれ、また意識を失った。
 2度目に目が覚めた時は、縛られていた。猿轡を噛まされ、目隠しをされ、後ろ手に縛られ、足首もご丁寧に縛られていた。硬い床の上に転がされていた。後頭部がズキズキ傷んだが、手を縛られているので傷の確認が出来ない。
 目隠しされていると言うことは、敵は私が何者かわかっているに違いない。
 手を縛っている物を切ろうとしたが、切れなかった。金属なら簡単に砕けるが、革紐はいけない。もがくと却って皮膚に食い込んだ。ロープだったら良かったのに、と思った。気を放とうとすると頭部の傷がズキリと痛んだ。傷が治るのを待つしかない。
 遠くで人の話し声が聞こえていたが、言葉を聞き取れない。ボソボソと聞こえるだけだ。男が2人、と彼は数えた。言い争っている様にも聞こえた。
 ここは何処なんだ? オルガ・グランデか? それとも何処か地方の村か? ラス・ラグナスの”入り口”に吸い込まれてから何時間経った? 
 声が止んだ。床の微かな振動で人が近づいて来るのがわかった。床は木製だ。じっとしていると錆びた蝶番が軋む音がして、冷たい空気が流れて来た。ドアが開けられたのだ。人の気配があった。戸口で立ち止まってこちらの様子を眺めているのだ。タバコの臭いがした。抑制タバコではない、普通のタバコだ。安物の紙巻きタバコだ。男だ。戸口に1人、向こうの部屋にもう1人。
 戸口の男が近づいて来た。ドアを閉めて、さらに近づいて来た。タバコの臭いは少し薄れた。喫煙者は隣の部屋の男だ。入って来た男がステファンの側で立ち止まり、かがみ込んだ。

「目が覚めたか?」

と若い男の声がした。

「まさか一族の者があの遺跡に行くとは予想外だった。しかも”入り口”を見つけて追いかけて来るとはな!」

 金属音が聞こえた。ステファンは、その余りに聴き慣れた音にドキリとした。彼自身の拳銃の安全装置を外す音だった。銃を奪われたのだ。考えれば当然だった。右腕を吸い込まれ、左手で辛うじてポケットの中の財布やパスケースを地面に落として”入り口”の場所を仲間に教える目印にするのがやっとだった。ホルダーの拳銃を出す余裕がなかった。

「政府支給品の印が付いている。」

と男が言った。

「お前、何者だ? 警察官か? 憲兵か?」

 メスティーソが大統領警護隊だとは思い付かない様だ。ステファンはいきなり冷たく硬い物で頬を軽く叩かれた。拳銃の先で突かれたのだ。

「大人しくここで寝ていろ。そうすれば殺さない。するべきことが終わったら釈放してやる。」

 男が立ち上がり、戸口へ行った。ドアを開ける音がして、タバコ臭い空気が入ってきた。もう1人の男の声が聞こえた。年配の嗄れた声で、”シエロ”の言語で言った。

「ジャガーを生贄に使わせろ。」

 若い方が言った。

「何度言えばわかる、あれはジャガーではない。”出来損ない”だ。ナワルを使えない。」

 ドアが閉じられた。
 ステファンは己がミックスであることに感謝した。



0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     21

  アンドレ・ギャラガ少尉がケツァル少佐からの電話に出たのは、市民病院に到着して患者が院内に運び込まれた直後だった。 「ギャラガです。」 ーーケツァルです。今、どこですか? 「市民病院の救急搬入口です。患者は無事に病院内に入りました。」  すると少佐はそんなことはどうでも良いと言...