2021/09/04

第2部 地下水路  3

  広場から徒歩15分、入り組んだ路地の奥に奇妙な家があった。入り口に獣の頭蓋骨が飾ってある。牛なのか鹿なのか、よくわからない。中に入ると薄暗く、薬の匂いがした。ケツァル少佐が「オーラ!」と声をかけると、先住民の男が現れた。くたびれたTシャツに短パンの軽装で、頭髪は短く刈り上げている。年齢は40絡みか? 少佐が先住民の言葉で話しかけると、向こうも同じ言語で答えた。テオが通訳を求めてギャラガを見たが、ギャラガにも理解出来ない言語だった。”シエロ”の言葉なら大統領警護隊に入隊してから習ったので話すのはイマイチだが聞き取りは出来る。だが、これは未知の言語だ。つまり、”ティエラ”先住民の言語に違いない。絶滅したと考えられている種族の言語を知っていて、現代も生きている言語を理解出来ないなんて奇妙だが、それが”ヴェルデ・シエロ”なのだ。
 少佐が振り返って、ドブ臭い男達を家の主人に紹介した。そしてやっとテオとギャラガに主人を紹介した。

「薬屋のカダイ師です。体を洗ってくれます。1時間後に迎えに来ますから、ここで綺麗にしてもらって下さい。」

 そしてさっさと家から出て行った。呆気に取られている2人にカダイ師が来いと合図した。ついて行くと中庭に出た。石造りの小屋があり、薬の匂いはそこから漂っていた。カダイ師が服を脱げと身振りで命じた。どうやらスペイン語は話さないようだ。2人が服を脱ぐと、小屋の入り口を開けて、中に入れと言われた。
 蒸し風呂だった。入り口に香油が入った瓶が置かれていて、全身に塗るようにと命じられた。ミント系の匂いがする香油を塗りたくり、木製のベンチに座って、そこで蒸された。空腹に高温が辛くなったので、途中で戸を開くと、カダイ師は何かを燃やしていた。水を要求すると、家の中から水の瓶を持ってきてくれた。

「エル・ティティの家も週末は街の共同浴場で蒸し風呂を使うんだ。」

と言うと、ギャラガが微笑んだ。

「大統領警護隊も週に一回蒸し風呂の日があります。」
「やっぱり蒸されるのか。」
「スィ。この地方の伝統です。」
「北米でも先住民の文化にある。医療行為だったり、社交だったり、宗教的意味合いがあったり、色々だね。」

 素っ裸で話をした。テオは遺伝子学者だと言い、バス事故で記憶喪失になったことでセルバ共和国と大統領警護隊文化保護担当部と繋がりが出来たのだと言った。詳細を語らなかったが、母国を捨ててセルバ共和国の国籍を取得し、やっと1年半経ったと言った。

「亡命当初は内務省の監視がついていたけど、やっと自由になれたんだ。今はセルバ国内、何処でも好きな場所に行ける。国外に出る許可をもらえるのはまだ半年かかるらしいが、今のところ外国に用事はないしね。」
「国内何処でも自由に行けるんですか・・・羨ましいです。」
「君も休暇は外出出来るんだろ?」
「そうですが、外に知り合いも友人もいませんし、何処に行けば良いのかわからないので、1人で海岸で海を眺めるか、官舎か訓練施設で過ごします。」
「その若さで籠っているのか?」

 テオが呆れた顔をした。

「それじゃ、次の休暇は俺のところに来いよ。」
「え?」
「大学で学生達と過ごすなり、俺の家で寝泊まりして昼間は何処かへ遊びに行けば良いさ。週末は俺と一緒にエル・ティティに行こう。親父は警察署長で、若い巡査が4人いる。彼等と過ごしても面白いぜ。田舎の警察は市民が職務にくっついて来ても平気だから、警察業務の見物も出来る。」

 ギャラガは何と答えて良いかわからなかった。黙っていると、テオが肩をポンと叩いた。

「兎に角、今はカルロを探し出して、コンドルの目の謎を解くのが先決だな。」

 小屋の戸が開いて、カダイ師が外に出ろと合図した。庭に出ると中年の先住民の女性がいた。素っ裸だったので赤面したが、彼女は一向に気にせずに2人に水を掛け、石鹸を手渡し、香油を洗い流すようスペイン語で命じた。頭のてっぺんから足の爪先まで綺麗になり、臭いも取れた。タオルを手渡され、体を拭いていると、女性が衣服を持ってきた。古着だがサイズは2人それぞれにぴったりだった。靴もあった。

「俺たちの元の衣服と靴は?」

とテオが尋ねると、女性は素っ気なく答えた。

「燃やした。」

 庭の隅の黒い灰の塊を見て、それ以上言うべきことはなかった。所持品を返してもらい、紛失した物がないか調べた。どうやら無事だ。
「店」に戻ると、ケツァル少佐が待っていた。恐らく少佐が衣料品を購入してくれたのだ、とテオには見当がついた。彼女はカダイ師に料金を支払い、しっかり領収書を取った。

「誰に請求するんだ?」

とテオが尋ねると、少佐は領収書をポケットに仕舞いながら答えた。

「本部です。これは捜査の必要経費です。」

2 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...
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Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

原作では少佐やギャラガが”離魂”術を使ったりするが、ここでは使わない。

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