2021/09/21

第3部 夜の闇  10

  結局車はテオの車で、運転は一番酒に強いケツァル少佐が引き受けた。市街地から一番遠いマカレオ通りにあるテオの家迄、3人で一台の車に乗って住宅街に向かってゆっくりと走った。テオがステファン大尉がジャガーの体毛を大学の研究室に持ち込んだ時に話した「尻尾がちょん切られたらどうなるか」の話をすると、少佐もロホも大笑いした。

「切らなくても、尻尾を怪我した時のことを思えば想像がつくでしょう。」

とロホが言った。すると少佐が笑い声を必死で押さえながら、

「誰とは言いませんが、ある少佐が尻尾をドアに挟んだことがあります。」

と言い出して、男達の注意を集めた。

「ある少佐?」
「私ではありませんよ。自分のことでしたら、私ははっきりそう言います。」

と少佐は予防線を張った。

「尻尾をドアに挟んで、その少佐はどうなったんだ?」
「彼はナワルを解いた後、一週間お尻が痛くて、まともに任務に就けませんでした。お陰で、私の仕事が増えて迷惑したのです。私はその時、まだ大尉でした。」
「文化保護担当部が設置される前の話か・・・」
「スィ。大昔です。」

 せいぜい3、4年前の話だ。それなら、その尻尾をドアで挟んだドジな少佐はまだ少佐のままなのかも知れない。

「ちょん切られて残った尻尾はどうなるのか、知ってるか?」
「消えます。」
「へ?」
「本体が人間に戻る時に、切れた尻尾は小さな骨と肉片になります。」
「確かか?」
「スィ。それも実例がありました。事故でしたけど、負傷者はかなり後遺症に苦しみました。体の一部を損傷して紛失したことになりますからね。1年ほど座れなかったのです。」
「やっぱりお尻に怪我をしたのか・・・」

 想像しただけで痛い。テオはナワルを使えなくて良かった、と思った。どんなメカニズムで変身するのか知らないが、どんな姿になっても人間の肉体なのだ。人間の骨格標本を見ると尾骨がある。ナワルを使う時はそれが伸びるのか? とテオは想像した。

「カルロは今夜この問題に悩んで眠れないんじゃないですか?」

とロホはまだ笑っていた。テオは血液を付着させて体毛を残したジャガーは、どの部分を怪我したのだろうと気になった。有刺鉄線で引っ掛けた傷なら、かなりヒリヒリ痛むだろう。

「俺は尻尾の管理まで出来る自信がないな。ドアで尻尾を挟んだ少佐も、尻尾の存在を忘れていたんだろうさ。」

 機嫌良く車を走らせていると、マカレオ通りの標識が見えた。そのそばに大統領警護隊のジープが駐車していたので、少佐が減速した。ジープの外で車体にもたれかかってタバコを吸っている男がいた。近づいて来る車を見て、誰の車かわかったらしく、片手を挙げた。少佐が後続車がいないことを確認して路肩に車を寄せて停めた。窓を開けると、カルロ・ステファン大尉が近づいて来た。

「警察ではないので、飲酒運転の取り締まりはしませんが、気をつけて下さいよ。」

と彼は元上官に注意した。テオが助手席で尋ねた。

「何故俺達が酒を飲んだってわかるんだ?」
「全員自家用車通勤なのに、1台にまとまってるじゃないですか。」

 彼は異母姉から酒の匂いを嗅ぎ取ろうと鼻をひくつかせた。少佐は卑怯にも黙りを決め込んだ。それでテオが言い訳をした。

「2件の動物の体毛分析結果について会議をしたんだよ。」
「バルでですか?」
「大尉、しつこいと嫌われるぞ。」

とロホが後部席でテオに加勢した。彼は上手に話題を転向させた。

「ここでジャガーを張っているのか?」
「そのつもりだが、昨夜の今日だ、ジャガーが誰かのナワルなら今夜は動けないだろう。しかし用心の為にここにいる。」
「相棒の少尉は何処だい?」

とテオは窓の外を見回した。ステファンは言葉を濁した。

「デルガドはちょっと・・・直ぐに戻って来ます。」

 つまり、生物の自然現象に逆らえないってことだ。遊撃班の2人はジャガーが現れないだろうと言う前提でこの場所にいる。だからステファン大尉は平気で喫煙しているのだ。
 テオは通りの名前を記した標識を見た。街灯の暗い灯りだが、普通の人間の彼にも文字は見えた。

「ジャガーは西から東へ向かっていたと聞いたが、マカレオ通りに君達がいるのはどう言う訳だい? ジャガーが家に帰ったのなら、西へ戻るだろう?」
「確かに、ジャガーが東から西へ向かったと言う証言がありましたが・・・」

 ステファン大尉は困った顔をした。あまり情報を「部外者」に言いたくないのだ。そこで初めて少佐が口を挟んだ。

「何? その証言が信用出来ないのですか?」

 大尉がビクッとした。姉ちゃんに図星をつかれる時の癖だ、とテオは心の中で思った。

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