2021/09/21

第3部 夜の闇  11

  カルロ・ステファン大尉はケツァル少佐の目を見た。”心話”で報告だ。一瞬で情報を得た少佐は頷いた。

「確かに、それは怪しいですね。」

 そして彼女は前へ向き直った。

「あまりこちらが目立っても、向こうに用心されるだけです。出没が昨日だけなら放っておけば良いでしょう。では、ご機嫌よう。」

 敬礼する大尉を残して彼女は車を出した。坂道を再びゆっくりと上って行くと、後ろを振り返ったロホが呟いた。

「おやおや、デルガド少尉は用足しに行く時にナワルを使うらしい。」

 え? っとテオは驚いて後ろを見ようと体を捻った。しかし大統領警護隊のジープは既に黒いシルエットどころか夜の暗がりの中に溶け込んで見えなかった。
 少佐は角を曲がり、少し走ってテオの家の玄関前にある駐車用スペースに車を入れた。

「コーヒーでも飲んで行くかい?」

 テオが誘うと2人の”ヴェルデ・シエロ”は素直に彼について家に入って来た。室内に入るとロホが勝手に掃き出し窓を開け、風を入れた。テオはキッチンでコーヒーを淹れた。少佐は何もしないでソファで眠たそうに座っていた。
 テオがコーヒーを運んで来ると、ロホが少佐にステファン大尉の報告を教えて下さいと言った。テオも興味があった。それで少佐は口外無用と言いながら、他部署の情報をペラペラと喋ってくれた。

「遊撃班の2人は今日の午後この付近一帯で目撃情報を収集しました。住民の証言はどれも同じで、西の方から犬が騒ぎ出し、サン・ペドロ教会前を過ぎて、東へ騒ぎが移って行ったと言うものです。たまに庭土に足跡が残っている家があり、それらからも東にジャガーが向かっていたことがわかりました。
 私が怪しい気配と最接近したのは東サン・ペドロ通り2丁目と第3筋の交差する付近でした。恐らく向こうは3丁目の通りにいた筈です。犬を黙らせてから、私は第3筋を上って引き返し、1丁目を歩いて西サン・ペドロ通り第4筋のアパートへ帰りました。歩きながら犬が再び吠え始めるのを聞きました。東の方へ吠え声が伝わって行ったと記憶しています。」
「俺が今日の昼過ぎにカルロと出会ったのは東サン・ペドロ通り3丁目の第6筋と第7筋の間だった。」
「カルロはその辺りの民家の庭にも足跡があったと言っています。ジャガーは道路や庭をフラフラとぶれながら東へ進んだのでしょう。」

 ロホがカップを手にしたまま、コーヒーに口を付けずに尋ねた。

「信用出来ない証言と言うのは、どんな内容です?」
「カルロが大学にテオを訪ねた後だそうです。女子学生が彼に声をかけて来たと言っていました。」
「カルロは女性にモテるからな。」
「テオ!」

 テオはチャチャを入れてしまって、ロホに注意された。少佐の話の途中でチャチャ入れはご法度だ。果たしてケツァル少佐はコーヒーを飲んで黙り込んでしまった。彼は謝った。少佐はもう一口飲んでから、話を再開した。

「女子学生は、ジャガーを目撃したと言いました。場所は西サン・ペドロ通り3丁目と第7筋の交差点です。彼女は2丁目の交差点にいたそうです。1丁目に彼女が家庭教師として雇われている家があり、彼女は2100より少し早めに仕事を終えて帰宅する為に自転車で坂を下っていました。彼女の家と雇い主の家は坂道でまっすぐ行き来出来る位置関係だそうです。
犬が騒いだので、彼女は不審に思い、自転車を停めて下りたそうです。そして下の交差点を横切るジャガーを見ました。ジャガーは東から西へ歩いていたそうです。」

 テオとロホが同時に挙手した。少佐が最初にテオに顔を向けた。テオが確認した。

「君が怪しい気配を感じて気を放ったのは、何時だった?」
「家に到着したのが2120でしたから、東サン・ペドロ通り2丁目と第3筋の交差する付近にいたのはほぼ2100丁度でしょう。」
「それより早い時間に女子学生は西サン・ペドロ通り3丁目と第7筋の交差点でジャガーを見たって? それも東から西へ歩くところを?」

 ロホが、それは無理、と呟いた。

「何丁目かは考えなくても、西の第7筋を東から西へ向かって歩いたジャガーが、数分後に東の第3筋にいる筈がありません。全力疾走してもジャガーの足で5分はかかります。ジャガーが走れば犬はもっと騒ぎ立てたでしょう。」
「そうですね。それに東サン・ペドロ通りで見つかった足跡は全て東向きだったそうです。ジャガーは西へ戻っていない。少なくとも、ジャガーの姿では西へ向かっていないと思われます。女子学生以外の、西へ向かうジャガーを見た人はいないのです。」
「それじゃ、その女子学生は何故嘘の証言をしたのか、と言う疑問が生じます。」
「彼女は”シエロ”ではないのか?」
「カルロは彼女の気を感じていませんが・・・」

 少佐がロホの目を見た。ロホが「へえ」っと言ったので、テオは彼を見た。ロホが言い訳した。

「美人なんです。何処かの部族の純血種と思われます。」
「”シエロ”か”ティエラ”かはわからないんだな?」
「気の制御が上手ければ、”ティエラ”のふりが出来ますから。」
「怪我はしていなさそうか?」
「見えた範囲では怪我はない様です。」

  恐らく、カルロ・ステファン大尉とデルガド少尉はその女性の証言に疑いを抱き、ジャガーはまだ東の地区にいると踏んだのだろう。
 それにしても・・・テオは先刻気になったことを思い出した。

「ロホ、君はデルガド少尉がナワルを使ったって言ったよな?」
「え・・・言いましたっけ?」

 ロホはすっとぼけようとしたが、上官程には上手くなかった。当の上官に睨まれて、告白した。

「マーゲイが交差点の陰から出て来て、カルロが車のドアを開けて乗せてやるのが見えたんです。」
「それ、用足しじゃなくて偵察に行っていたんじゃないのか?」
「カルロが許可したか命令して、少尉がナワルを使ったのでしょう。短時間なら大丈夫だと思ったのですね、きっと。」

 ケツァル少佐は見逃すべきか否か考えた。遊撃班長は許可したのだろうか。
 テオは別のことが気になった。

「俺にはデルガド少尉が純血種に見えたけど、ナワルはジャガーじゃなくてマーゲイなんだ?」
「デルガドはグワマナ族です。力が弱いんですよ。」

 とロホが教えてくれた。一般に・・・”ヴェルデ・シエロ”を知っている非”ヴェルデ・シエロ”と言う意味だが・・・純血種の方がミックスより能力が強いと考えられているが、それは誤解だ。純血種は、修行をしなくても能力を生まれつき使えるが、ミックスは教えられて訓練しないと使えない、と言うのが大きな差だ。超能力のパワーは、親や先祖がどの部族かで決まる。穏やかな能力の使い手であるグワマナ族の純血種より、古代から一族の頂点に立ってきたグラダ族の血が4分の3入っているミックスの方が遥かに力が強いのだ。だから、カルロ・ステファンは黒いジャガーで、デルガド少尉は小柄なマーゲイだ。
 翌日の仕事があるので、ケツァル少佐とロホは徒歩で帰宅することにした。どちらも純血種のグラダ族とブーカ族だ。それに拳銃を常時携行している。正体不明のジャガーが襲ってきても対処出来る。
 テオは2人から戸締りを厳重にと繰り返し言われながら、彼等を送り出した。


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