2021/09/20

第3部 夜の闇  9

  食事の為に選ばれたのはイタリアンの店だった。少佐はレギュラーサイズのトマトソースとミートボールのスパゲティを2皿と特大サイズ1皿を注文した。それからビステッカの大皿とサラダ、イタリア風オムレツ、ローストした野菜の盛り合わせ等。店は少佐が常連客なので要領を得ていた。特大サイズのスパゲティを一番体格の良いテオの前に置き、取り皿も置いた。ロホと少佐はレギュラーサイズの皿で、少佐は少しずつテオの前の大皿から欲しい分だけ取っていくのだ。
 ワインを飲みながら、テオが話の続きを始めた。

「歩いて帰る件だが、ちょっと用心した方が良いな。」
「例のアレですか?」

とロホがはっきりしない物言いをした。少佐が「アレ?」とすっとぼけた表情で尋ねた。ロホが彼女に説明した。

「昨夜2100頃に東西のサン・ペドロ通りで犬が大騒ぎしていた件です。」

 ああ、と少佐は頷いた。

「吠えていましたね。」
「ジャガーを見たと言う通報が警察にあったそうだよ。」

とテオが言うと、「そう?」と驚いたふりをした。テオは彼女の見え見えの芝居に慣れていたので、無視した。

「警察は大統領警護隊に連絡した。それで、警護隊は遊撃班に捜査命令を出した。だから、今日の昼頃からステファン大尉とデルガド少尉が住宅地で聞き込み調査をしていた。俺はロホに呼ばれて文化保護担当部へ行く途中で彼等を見かけて声をかけたんだ。カルロがわかっていることを教えてくれた。民家の庭にジャガーの足跡が残っていた。見たと言う人も数人いるらしい。」

 少佐が無反応なので、彼女がジャガーの出没を知っているのかどうかわからなかった。

「俺がロホからチュパカブラの体毛を預かって大学で分析してたら、カルロがやって来たんだ。何処かの有刺鉄線にジャガーの毛が引っかかっていて、それを持って来た。毛の塊には血が付着していたから、今分析にかけている。明日の朝には結果が出るだろう。」
「ジャガーの毛?」

 少佐が呟くと、ロホが「黄色ですか?」と訊いた。テオは頷いた。

「どんな結果が出るのか、俺にはわからない。ジャガーだと言う結果が出るか、人間だと言う結果が出るか・・・」

 ”ヴェルデ・シエロ”はユニークだがヒューマノイドだ。それは過去の血液分析結果でわかっていた。だが、ナワルで変身したジャガーはどんな血液になるのだろう。もしジャガーになっている時の”ヴェルデ・シエロ”の血液がジャガーのそれになっていたら、分析結果だけでは住宅地に現れたジャガーが”ヴェルデ・シエロ”なのか本物のジャガーなのか判定出来ない。もし人間の血液だと言う結果になれば、それはかなり興味深い。姿はジャガーでも血液は人間のままだ。

 そう言えば、ナワルのジャガーは人間の思考力を持っている。

「もし昨夜のジャガーが人間なら、どう言うことが考えられる?」
 
 テオの質問に、少佐が不愉快そうに答えた。

「自制心のない人です。初めてナワルを使って慎みを忘れたのでしょう。」
「下手をすれば、”砂の民”に知られてしまいます。」

とロホが心配した。”砂の民”は”ヴェルデ・シエロ”の存在を世間に知られてしまうような行動を取る者を許さない。気の抑制が下手なミックスの”ヴェルデ・シエロ”が純血種に嫌われるのも同じ理由だ。”砂の民”に危険分子と判断されれば殺されてしまう。
 テオはママコナが新参者のナワル使用者に警告を与えないのかと気になった。

「ママコナが・・・」

 言いかけると、ロホが「しっ!」と口の前で指をクロスして見せた。みだりに呼んではいけないのだ。テオは反省し、言葉を変えた。

「名前を秘めた女の人は、新しいジャガーに作法を教えてやらないのか?」
「作法を教えるのは部族の年長者の役目です。」

 そう言って、少佐は昨夜の出来事を思い出した。

「彼女は新しいジャガーを知りません。」

 テオとロホに注目されて、遂に彼女は昨夜の体験を白状した。

「昨晩、私は散歩に出たのです。犬が西の方角から騒ぎ出し、徐々に東へ興奮が伝わって来ました。同時に何かが西からやって来るのを感じました。それが犬を怯えさせているのだと分かりました。私の近くまで来たので、私の周囲の犬も大騒ぎを始めました。私は不快に感じたので、犬を鎮める目的で気を発したのです。」

 ああ、とロホが頷いた。

「それで、犬どもが一斉に大人しくなったのですね。」
「スィ。犬を騒がせた者は私がいた通りから1本南にいました。私の気をそいつも感じたのでしょう、そこで停まっていました。私はそこから来た道を辿って家に帰りました。その時に彼女が私に『どうかしましたか』と尋ねて来ました。私が犬を鎮めただけですと答えると、彼女は納得してそれっきりでした。」

 テオは少佐の自宅とピラミッドの位置関係を頭に思い浮かべた。

「君のアパートは西サン・ペドロ通りだったな? ピラミッドのほぼ真北だ。」
「それが何か?」
「名前を秘めた女の人が君の気を感じた理由はわかった。君の力は大きいから、ピラミッド迄十分届いたんだろう。だけど、今日の昼に俺がカルロ達と出会ったのは、東サン・ペドロ通りだった。ジャガーは君の気を感じて立ち止まったが、その後再び東へ向かって歩いたことになる。」
「そのジャガーの家は東に行ったところにあるのかも知れませんね。」

とロホが言って、テオと少佐の注目を浴びた。ロホは肩をすくめた。

「きっと今夜は現れませんよ。ナワルを使った後は疲労感が半端じゃないですから。」

 

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