2021/09/24

第3部 潜む者  1

  お昼前にテオは大統領警護隊文化保護担当部に出かけた。研究室の学生達には、夕方4時迄に戻るが、もし戻らなければ鍵をかけて事務局に預けること、といつもの指示を出しておいた。未来の予定をはっきりさせないのがセルバ流だ。学生達も心得ており、恐らく彼等は昼食を終えるとシエスタに入り、そのまま次の別の教授の授業へ行く筈だから、研究室はお昼に施錠されてしまうだろう。
 文化・教育省までは徒歩10分だ。まだ昼休み前で、テオはいつもの手続きをして中に入った。朝送り届けたケツァル少佐は姿が見えず、2人の少尉もいなかった。ロホが1人でパソコン相手に仕事をしていたので、声をかけると、カウンターの中へ来いと手で合図してくれた。
 テオがそばへ行くと、質問される前にロホが説明した。

「少佐とアンドレは港へ出かけています。警察が麻薬関係のガサ入れをしたら遺跡からの盗掘品が一緒に出て来たので、連絡して来たのです。」
「それで少佐が出張ったんだな。アンドレはアッシー君か。」
「それもありますし、現場の勉強もさせる目的でしょう。」

 女性のマハルダ・デネロス少尉の時と違ってアンドレ・ギャラガ少尉はどんどん外へ出してもらっている様だ。警備班勤務の時に遊撃班と同様の仕事をさせられて荒っぽい体験をしたので、彼ならいきなり現場へ出しても大丈夫だとケツァル少佐は判断したのだろう。

「マハルダは?」
「彼女は2階で会議に出ています。」

 デネロス少尉は口が達者なので、そっちの方で鍛えられるのか、とテオは可笑しく感じた。適材適所と言えばその通りだ。

「マハルダの様な若い子が相手にしてもらえるのか?」
「どうせ予算の取り合いで学校部門と芸術推奨部門で喧嘩する会議ですから、彼女は座って聞いているだけですよ。もっとも彼女の性格だと、どこかで口出ししそうですがね。」

と言ってロホは笑った。
 テオはブリーフケースから「チュパカブラの体毛分析結果」の書類を出した。

「細胞がないので、DNAは取れなかった。成分分析だけだ。俺の分析と動物学のスニガ准教授の分析結果だ。どちらも同じ結果だから間違いはないと思う。」
「グラシャス。 直ぐにアスルに届けてやりたいのですが、アンドレが少佐のお伴で出かけてしまったので、明日になるかなぁ。」

 と言いつつ、ロホは横目でテオをチラッと見た。この「チラッと」は用心しなければならない。

「来週は今期の試験があるから、今日は早めに帰って試験問題を考えなきゃいけない。これでも俺は准教授だから。」

 と素早く予防線を張った。さもないと、ロホは「行ってくれませんか?」と言うに決まっている。果たして、中尉が「チェッ」と言いたそうな表情をしたので、テオは可笑しく思った。

「電話で結果を伝えてやれよ。それから書類を送れば良いさ。」
「そうします。」

 ロホは時計を見た。正午迄後10分だ。デネロス少尉がそろそろ戻って来るだろう。ランチタイムを潰してまで会議をする程の根性は、セルバ人の役人にないのだ。
 テオはもう一種の書類の存在を思い出した。

「カルロから預かった体毛の検査結果も出たんだが、どこに送れば良いかな?」
「持ち歩いていたら、そのうち出会うんじゃないですか?」

 これもセルバ的な返事だ。大統領警護隊遊撃班が探しているのは、ジャガーの居場所であって、ジャガーの遺伝子分析結果ではない。ジャガーが人間のナワルだろうが、本物のパンテラ・オンカであろうが関係ない。ジャガーの所在を突き止めて、市民に危害を加えないよう処理するのが仕事だ。
 テオは人間のナワルと動物とでは潜む場所が違うだろうと言いたかったが、黙っていた。ロホが自分の書類を片付けるのを待っていると、デネロス少尉が戻って来た。テオは歓迎の挨拶を受け、彼女が机の上を片付けてランチに出かける準備をするのを眺めた。

「友達とランチかい?」
「スィ。でも、その友達は貴方ですよ、テオ。」

と言って彼女は朗らかに笑った。ロホがパソコンを閉じながら、

「私も入れてくれよ。」

と言った。彼女が親指を上に向けてグーを出したので、和やかな雰囲気で彼等は昼食に出かけた。


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