2021/09/24

第3部 潜む者  2

  昼食をゆっくり食べたいセルバ人は、急ぎの用事がなければファストフード店を利用しない。職場に近いレストランでテオはロホとデネロスと3人で楽しい昼食を取った。食事中は仕事の話をしないルールだが、テオはデネロスが出席した会議がどんな様子だったのか気になった。デネロスも、恐らく初めての体験だったのだろう、役人達が堂々巡りの話し合いをして少しも議事が進まなかったことを面白おかしく語った。

「あんな退屈な仕事を少佐は2日に一度はされているんですね!」
「私だって時々しているぞ。」

とロホがアピールした。

「アスルにもやらせようと思うのに、アイツはいつも肝心な時にいないんだ。」

 テオは笑った。

「大学の教授会議だって似たようなものさ。研究費のもぎ取りが懸かっている学科の先生達だけが必死なんだ。皆カツカツだけど、なんとかやっていけてる先生は黙って見ているか、居眠りしているね。」
「テオの研究室は余裕なんですか?」
「余裕がある訳ないだろ! 研究費の不足は世界的な問題なんだ。」

 満腹になって、彼等が店を出たのは午後2時前だった。大学も文化・教育省もシエスタは午後2時迄だ。しかしテオの研究室はもう誰もいないだろう。午後は授業がなかったし、学生達のレポートを読んで、来週の試験問題を考える仕事があるだけだ。
 大統領警護隊の友人達と別れて、彼は大学へ歩いて戻った。正門から入ってキャンパス内を横切り理系の学舎へ向かって歩いていると、人文学の学舎から1人の背が高い高齢男性が出て来た。髪は真っ白で、痩せた顔には鋭く光る目がある。純血種の”ヴェルデ・シエロ”だ。テオが苦手とする人物だった。
 テオは彼と目を合わせないように心がけながら、軽く頭を下げてすれ違おうとした。挨拶の言葉をかけても返事はないのだから、黙って通り過ぎようとした。それがこの人物に対するマナーなのだ。
 最接近した時、老人が囁きかけて来たので、テオは驚いた。向こうから声をかけて来たのは初めての様な気がした。

「昨日、黒猫がお前を訪ねて来たそうだな。」

 テオは肩の力を抜いた。言葉を交わすと何故か気が楽になる。彼は答えた。

「スィ。今彼が捜査中の事案について協力を求めてきたのです。」

 老人が黙って彼を見るので、テオはブリーフケースを前に出した。

「彼とデルガド少尉が採取した動物の体毛を遺伝子分析してみました。ご覧になりますか?」

 老人が無表情にブリーフケースを見た。短く「ノ」と言った。

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