2021/09/02

第2部 涸れた村  11

  近くにあった石垣が新しくなっていた。最近積まれたような感じで、雑草も生えていない。蟻塚も壁になっていた。人家だ。地面は石畳? 開けた空間だったのが、石の家並みに囲まれていく。ギャラガは足を止めた。やって来た方向を振り返ると、石の門が見えた。
 デネロスも立ち止まって周囲を見回していた。道の片側に溝があって水が流れていた。家の隙間から沼が見えた。岸辺に葦が生い茂る沼だ。人の気配はなかった。
 ギャラガはコンドルの神像があった区画へ行ってみた。そこに小さな祠があった。現代でもビルや家屋の外壁に扉付きの戸棚の様な祭壇がつけてあるのを見かける。そんな風な祠と言うかミニ神殿だ。現代の祭壇は、マリア像やキリスト像が祀られているが、ラス・ラグナスの小さな神殿はコンドルの神様が入っていた。派手な色で彩色されていた。干した魚や野菜が供えられている。何の神様なのだろう。
 ギャラガはデネロスを振り返って声をかけた。

「おい・・・」

 忽ち風景が消え去った。砂に戻ろうとしている廃墟が戻って来た。
 デネロスがガックリと肩を落とした。

「声を出さないでよ・・・折角精霊が昔の風景を見せてくれていたのに・・・」
「精霊?」

 ギャラガは戸惑った。”ヴェルデ・シエロ”が神として普通の人間達から崇められている様に、”ヴェルデ・シエロ”は目に見えない精霊を信仰している。それはギャラガも大統領警護隊に入ってから同僚達の会話で知っていた。だが本気で信じている人がいるとは思っていなかった。だから、ステファン大尉から文化保護担当部にいたと聞いた時、どうして大統領警護隊が遺跡保護の仕事なんか担当するのだろうと、彼は疑問を抱いたのだ。ステファンに連れられてロホのアパートに行って、ロホと大尉の会話を聞いていたら、悪霊がどうの、精霊がどうのと言う話ばかりしていた。盗掘品密売人を捕まえる仕事じゃなかったのか? とギャラガは不思議に思った。そして、彼自身納得がいかないのだが、ケツァル少佐に面会した時、彼女の美貌も理由の一つであったが、その強烈な気の大きさに、精霊は存在するのだと思ってしまったのだ。

「精霊は静寂の中でしか現れてくれないのよ。そんなことも知らないの?」

とデネロスが怒っていた。ギャラガは己の無知に腹が立った。だから彼女に八つ当たりした。

「そんなこと、知る訳ないだろ! 私は今まで警備の仕事しかしたことがなかったんだ。君みたいに遺跡に足を運んだり、考古学の勉強をした経験なんてないんだよ!」
「貴方のお母さんは、家で精霊を祀っていなかったの?」

 デネロスの言葉にギャラガは口を閉じた。家で精霊を祀る? それが”ヴェルデ・シエロ”の家の常識なのか? 
 デネロスが溜め息をついた。大統領警護隊全員が文化保護担当部の職務を理解している訳ではない、と彼女は反省した。ロホやアスルが行っている悪霊祓いや逃げ回る精霊を捕獲するのは非常に特殊な仕事なのだ。普段の自分達の仕事は考古学者達をゲリラや山賊から守ったり、盗掘されないよう見張ったり、遺跡泥棒を追跡することだ。

「ごめん」

と彼女が言った。

「貴方は文化保護担当部じゃないものね。修行した訳じゃないから、精霊の扱い方を知らなくて当然なんだわ。怒ってごめん。」

 急に謝られて、ギャラガはまた戸惑った。こんな時、なんて言えば良いのだ?
 その時、空気がビーンと張った感覚があった。彼はビクッとして遺跡の外へ顔を向けた。デネロスも同じ方角を見た。

「感じた?」
「ああ・・・」
「あれは・・・カルロよ!」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

原作では、カルロ・ステファンが2度目の遺跡探索に出かけるのは昼間。
デネロスとギャラガが精霊を見るのも昼間だが、時間帯は別になっている。

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