2021/09/02

第2部 涸れた村  10

  レトルトパックのシチューで夕食を取った後、小1時間ばかり仮眠した。チコとパブロはテオと大統領警護隊が遺跡を調べている間にキャンプ周辺に溝を掘っていた。溝で囲んだ内側は石を取り除き、蠍や蛇が隠れる場所を作らないように工夫した。”ヴェルデ・シエロ”達がいる間は安全だが、彼等が遺跡へ出かけると不安になるので、テオは砂漠に慣れた彼等の仕事に感謝した。
 仮眠から覚めると、大統領警護隊は遺跡へ出かけた。二等兵達に正体を知られたくないので、携帯ライトを照らして歩いて行ったが、キャンプより高い位置にある遺跡だ。焚き火の灯が見えなくなると、ステファン大尉達はライトを消した。

「マハルダとギャラガは遺跡の中を調べてくれ。私はテオが吸い殻を拾った辺りを見る。何か見つけたら声を出しても構わない。」
「承知。」

 デネロスとギャラガは心ならずもハモってしまった。
 ステファン大尉が遺跡の外へ出て、大昔の沼地跡へ歩いて行った。デネロスとギャラガは空間を眺めながら少しずつ歩を進めて行った。

「チコとパブロは私達が夜の遺跡に出かけると言ったら、変な顔をしていたわね。」

とデネロスが話しかけた。ギャラガは肩をすくめた。

「そりゃ、普通の人間はこんな暗がりを歩いて探し物なんかしないからさ。」
「私、その『普通の人間』って言葉、好きじゃないの。」

と彼女が言った。

「私は、私は普通だ、と思ってる。でも能力を隠して生きるのも、そんなに悪くない。大統領警護隊に入って気を制御出来る様になってから、”ティエラ”達が私を除け者にしなくなった。子供時代は作れなかった友達が、大学に入ってからいっぱい出来た。そして彼等に出来なくて私だけが出来ることがあるって思ったら、とっても嬉しくなっちゃう。私は普通の人間の一人で、ちょびっと皆より優れているだけって思うことにしているの。」
「君は前向きで良いな。」

 ギャラガは呟いた。

「私は普通の人間でなければ、一族でもない、中途半端な存在だ。”出来損ない”の”落ちこぼれ”だ。」
「どこが?」

とデネロスが少し怒った様なトーンで問いかけた。

「ちゃんと”心話”が出来るようになったじゃない。夜目も効くし、大きな気も持っている。カルロは昨年迄”心話”しか使えない人だったけど、兵士としての技量で頑張って大尉迄昇級して、それから能力が開花したのよ。貴方はまだ大尉より若いじゃない。これからいくらでも修行を積めるわ。」

 同輩に説教されて、ギャラガは黙り込んだ。デネロスの言う通りだった。ステファン大尉が大統領警護隊の中で一目置かれているのは、グラダ族の強い能力もあるだろうが、兵士としての戦闘能力が優れているからだ。たった一人で反政府ゲリラ”赤い森”を殲滅させたのは、少尉達の間で伝説に迄なっている。能力を使わずに、ジャングルの中で知恵を絞ってアサルトライフルと軍用ナイフだけで敵を倒したのだ。ギャラガは陸軍特殊部隊でゲリラと戦った経験があった。命懸けの経験はしていたのだ。仲間の兵士を守って戦った。敵も倒した。十分自信を持って語られる経験だ。大統領警護隊に入って劣等感に苛まれ、今までそれを忘れていた。
 自分に誇りを持て。
 ギャラガは己に言い聞かせた。
 デネロスにアドバイスの礼を言おうとして顔を上げると、遺跡の風景が一変していた。


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

原作では、このシーンと次の事件は別の時間帯になっている。

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