2021/09/05

第2部 地下水路  7

  少佐のベンツでテオとギャラガが”着地”した下水道が通る地区へ行った。途中でベンツが進入するには困難な道幅となり、少佐は男2人を降ろして大胆にもかなりのスピードで後退して行った。こんな狭い道をよく速度を落とさずにバック出来るものだと男達は感心した。

「普通、女性はバックが苦手だと思っていましたが・・・」

とギャラガが呟くと、テオが面白そうな顔をした。

「大統領警護隊の女性隊員もかい?」
「スィ。たまに他の車両にぶっつける隊員がいます。」
「それは男女の脳の違いなんだが・・・」

 テオはもう少しで生物学の講義を始めてしまいそうになって自重した。ギャラガは興味ないだろうし、遺伝子の知識も細胞の知識もない若者を混乱させても意味がない。

「ケツァル少佐を他の女性と同等に考えることが根本的に間違っていると思う。ただ、ちゃんと男女の差も見える時があるがね。」
「どんな時です?」
「彼女は広範囲に長時間結界を張れる。」

 ああ、とギャラガはそれだけでテオが言いたいことを理解した。

「女性は守護の力に優れています。男性は攻撃的な面に力を使いますから。」
「スィ。普通の人間も同じだ。男女の能力は守るか攻めるかで得手不得手が現れる。だから文化保護担当部の男達は少佐の承認下で働く時に安心出来るのか、能力を存分に発揮する。彼女に内緒で活動すると失敗が多いんだ。」

 彼等は口をつぐんだ。住民が通り過ぎて行った。入れ違う様に少佐が歩いて戻って来た。服装は民間人だが背筋をピンと伸ばして颯爽と歩く姿は軍人だ。拳銃ホルダーが見えないが、恐らく足首に装着しているのだろう。
 テオとギャラガのそばに来ると、彼女が尋ねた。

「何か感じませんか?」
「何かって何を?」

とテオは訊き返したが、ギャラガは産毛が逆立つような感覚を覚えた。

「何処かで誰かが気を放っていますね?」
「スィ。弱いですが、長い時間持続している様です。」
「大尉でしょうか?」
「ノ。これはカルロではありません。」

 ケツァル少佐は部下達の気の波動を判別する。誰がどんな状況で放ったか感覚でわかるのだ。ギャラガは知らないだろうが、彼の気も既に彼女に覚えられている。
 テオは”ヴェルデ・シエロ”達のアンテナに任せることにして、邪魔をしないように黙って立っていた。
 沈黙して立っている少佐を見て、ギャラガも息を整えて心を空白にした。なんだか気持ちの悪い波動だ、と思った時、テオの携帯電話が鳴った。少佐に睨まれて、テオは慌てて電話を出した。誰だ、こんな大事な時に・・・。

「未登録番号だ・・・待てよ、この番号は・・・」

 ギャラガが横から覗き込んだ。

「それは、土曜日に購入した大尉のプリペイド携帯です!」
「確かか?」
「スィ!」

 彼の自信のある声を聞いて、テオはボタンを押した。

「カルロ?」

 返事はなかった。ケツァル少佐もそばに来た。電話は繋がっている。何か物音が聞こえた。人間の呻き声? テオはもう一度呼びかけた。

「カルロ、君か?」

 また呻き声が聞こえた。こちら側の3人は互いの顔を見合わせた。ギャラガが呟いた。

「大尉が気の力で電話をかけて来ているんです。」

 その時、呻き声が止んだ。金属が軋む音が聞こえた。物音が聞こえた。不明瞭で何の音かわからないが足音だろうか。やがてボソボソと男の声が聞こえた。テオには理解出来なかったが、ギャラガは怪訝な表情になり、少佐は硬い表情をした。テオは「ヤグァ」と聞こえた様な気がした。
 また別の男の声が聞こえた。腹を立てている様だ。最初の男と口論になった、とテオは感じた。ちょっとドタバタと音がして、突然スペイン語が聞こえた。

ーーお前、電話をかけたのか?!

 プツン、と電話が切れた。
 ケツァル少佐が顔を上げた。

「面白い!」

と彼女が言った。そして南の路地を指差した。

「あっちです。」


2 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...
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Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

原作ではギャラガが1人で歩いて捜索したり、テオと少佐が大学へ行って呪術の説明をケサダ(原作ではフィデル)から聞かされる。それらは全て削除。

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