2021/09/12

第2部 雨の神  1

  ”出口”から出た瞬間、カルロ・ステファンは緊張した。一瞬警戒して背後を見てしまった程だ。先に”着地”していたロホが彼の動きに振り返り、肩をすくめた。ステファンに続いてギャラガが現れた。もう少しで上官を突き飛ばしそうになり、上体を後ろに反らしてよろめいてしまった。ロホが笑った。

「すぐに前に出ないカルロが悪い。」
「どうせグラダは”着地”が下手さ。」

 大尉は憮然とした表情で呟いた。彼が不機嫌なのは、着地のマズさだけではなかった。服装も気に入らなかった。片手に下げている鞄の中には普段着と靴が入っているが、今の彼は半裸状態だ。それはロホもギャラガも同様だった。現代のセルバ人の民族衣装はちゃんとズボンを履いてシャツを着て色彩豊かなポンチョを着用するのだが、今回ロホが要求したのは、古代の儀式用の装いだった。白い褌に首、手首、足首にビーズの輪っか、羽飾りの付いた冠だ。顔にはペイントだ。ステファンはゲバラ髭を生やしているので剃れと言われるのかと内心ヒヤッとしたが、それはなかった。しかしペイントの免除はなく、植物の樹液から作られた顔料で白塗りされて、青い模様を描かれた。ギャラガと互いの顔を見合って思わず笑った程、滑稽に見えた。同様の装いのロホは真面目だ。実家へ帰ってわざわざ年寄り連中から聞いてきたと言う儀式手順を大尉と少尉に教え、シェケレとグィロの演奏の仕方も教えた。
 現地に到着すると、ロホはすぐに帰りに使う”入り口”を探した。”出口”ができれば自然と”入り口”が近くに生じるのだ。ステファンはその法則を知っているがブーカ族ほどに”入り口”を見つけるのは得意ではない。ギャラガも犬みたいに周辺を探し回り、結局ロホが帰り道を見つけた。その前に荷物を置いておき、コンドルの神像がある場所へ行った。
 コンドルは砂に塗れて以前と同じ場所に立っていた。ロホは右目の穴を丁寧に掃除して、そこに回収された目玉を嵌め込んだ。戻ってきた目玉は隙間が生じ、風化した神像に不似合いに見えた。ロホは気にせずに神像の前に花を盛り付け、保冷バッグから新しい豚の心臓を出して置いた。
 数歩退がり、立ったままで古い”ヴェルデ・シエロ”の言語で歌い始めた。2小節目でステファンとギャラガは楽器を鳴らした。ロホが歌い、2人が音を立て、3人で並んでゆっくりと輪になってリズミカルに神像の前で回った。
 もしギャラリーがいたら照れ臭くて出来なかっただろうが、誰もいないのだ。ギャラガは頭を空白にして、教わった通りのリズムでグィロを鳴らし続けた。先頭のロホは歌いながら優雅に腕を動かして踊っていた。それを見るともなしに視野に入れていると、少しずつ手の動きが緩慢になってきた。早くも疲れたのかとギャラガは己の不甲斐なさに呆れかけた。ロホが腰を前に折った。彼は踊りながら冠を取り、空中へ放り投げた。ギャラガは鳥の羽根の冠が鳥になって飛び立ったのを見た様な気がした。続いてステファンのシェケレの音が止み、彼も冠を取って投げた。今度は鳥がはっきりと見えた。緑色の鳥が飛び立って行った。ギャラガの手が重くなり、彼はグィロを落とした。頭が締め付けられる。冠を取り、彼も投げた。鳥の羽ばたきの風を感じた。
 気がつくと、ロホとステファンの姿がなかった。ギャラガの前を歩いていたのは、金色の生地に黒い斑模様が美しいジャガーと、漆黒に輝く毛皮の黒ジャガーだった。ギャラガは呆然と見つめながらその後ろをついて行った。己が四つん這いになっていることに気が付かずに。


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

中米の雨乞いの儀式を見たことがないので、どんなのかなぁと検索したけど、出てこなかったね。
仕方がないから、民族衣装や楽器を検索して、適当に創作。

第11部  紅い水晶     14

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