2021/09/14

第2部 雨の神  6

  テオドール・アルストはケツァル少佐からランチの誘いを受けて、2つ返事で承諾した。少佐は2人の職場から当距離にある小洒落たレストランに席を予約してくれた。普段着で入れるが、料理は手の込んだものを出してくれる人気の店だ。

「ペラレホ・ロハスの処遇が決まったので、お知らせしようと思いました。」

 注文を済ませてから、少佐が切り出した。甘いお話でないことは察しがついていたので、テオは大人しく聞いていた。

「ペラレホはグワマナ族長老会の取調べを受け、取引に応じました。」
「取引?」
「ジョナサン・クルーガーへの制裁を部族に一任すると言うことです。船の当て逃げが起きた時、クルーガーは警察に賄賂を渡し、彼が犯人であると部族が知った時には国外へ逃亡した後でした。ですから、部族は彼に制裁を与えられなかった。結果としてイスタクアテとペラレホが復讐に走ることになったのです。部族はこれからクルーガーに相応の報いを与えるでしょう。」
「部族がペラレホの代わりに復讐してやるんだね?」
「報いを受けさせるのです。」

 少佐は復讐と言う言葉を避けた。恐らく、はっきりとした形でクルーガーに害を与えるのではなく、じわりじわりと苦しみが訪れる形になるのだろう。

「ペラレホはそれを受け入れた。彼はその代償としてどうなるんだ?」
「彼は警察に引き渡され、サン・ホアン村のフェリペ・ラモス殺害の容疑で起訴されます。」
「それは、つまり普通の”ティエラ”として裁かれると言うことか?」
「スィ。彼は遺跡への無断侵入と遺跡荒らしを認め、盗掘を指摘したラモスを殺害したと”自供”しました。」
「”ヴェルデ・シエロ”のことは一切言わずに・・・か。船舶事故のことも言わない訳だな。」
「スィ。ただ遺跡荒らしと殺人の罪だけです。」
「汚職警官を殺害したのも、彼等だろう?」
「それは不問です。何も証拠がありません。グワマナ族も調べようがありません。」

 兎に角、不幸な占い師を殺害した人は裁かれるのだ。

「ペラレホの処遇を教えてくれて有り難う。だが、サン・ホアン村はどうなるのかなぁ。」
「大統領警護隊本部が建設省にオルガ・グランデ北部の地質調査を行うよう勧告しました。あの辺りはオルガ・グランデの水源となる地下水流の支流になりますから、放置する訳に行きません。国とオルガ・グランデ市が大規模な調査に乗り出す筈です。サン・ホアン村は恐らく村ぐるみで移転になると思います。水源枯渇だけでなく、丘陵地の崩落も考慮しなければなりませんから。」
「すると、ラス・ラグナス遺跡が消滅する恐れもあるんだな?」
「スィ。ムリリョ博士が昨日、学術調査の申請を出されました。」

 へぇっとテオは感心した。

「あの人もちゃんと申請を出すんだ!」
「当然です。」

 と言いつつも、少佐も笑った。

「あの遺跡は”ヴェルデ・シエロ”のものではありませんが、コンドルの神像は強い霊力を持っています。博士は気になるようです。マハルダとアンドレも精霊を見ていますしね。」
「俺も見たかったなぁ・・・君は報告で見たんだろ?」
「スィ。綺麗な沼と葦が茂る岸辺の村でした。」

 テオはあの乾いた土地の大空に舞うコンドルと、大地を歩くジャガーを想像した。

「そうだ、一つお知らせがあります。」

と少佐が楽しそうに言った。テオが現実に還って彼女を見ると、珍しく少佐が楽しげな微笑みを浮かべて言った。

「文化保護担当部の欠員補充申請が通りました。若い子が来ますよ!」


 

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