2021/09/13

第2部 雨の神  5

  トーコ中佐が書類仕事に取り掛かって間もなく、秘書が次の面会者の来訪を告げた。入室を許可するとすぐにケツァル少佐が入って来た。敬礼して、夜の訪問を詫びる彼女を副司令が遮った。

「ギャラガのことだろう?」
「スィ。既にステファン大尉から報告がありましたね?」
「スィ。なかなか面白いではないか。」

 トーコ中佐は書類を閉じた。興味津々で体を机の上に乗り出した。

「君は何時気がついた?」
「気がつきませんでした。」
「ほう?」

 ちょっと驚きだ。彼は思わず言った。

「グラダはグラダを見分けるのではないのか?」
「彼の血の半分は白人です。そしてグラダの血の割合はカイナ族の血より少ないです。ブーカ族の血も混ざっています。正直なところ、初対面の時、彼の出自部族が分からなくて戸惑いました。」
「色々と混血を繰り返してきた家系なのだろう。もしかすると全ての”ヴェルデ・シエロ”の血が混ざっているやも知れぬ。ドクトル・アルストに遺伝子分析を頼んでみてはどうだ?」

 最後は揶揄いだった。先刻ステファン大尉から報告を受けた時、若い大尉の嫉妬心までトーコは読み取ってしまったのだ。大尉は愛する女性を親友の白人に奪われるのではないかと心底恐れていた。恐れる程にケツァル少佐はドクトル・アルストと仲が良いらしい。
 上官の揶揄いを少佐はものともせずに言った。

「遺伝子分析には、比較対象物が必要だそうです。全ての部族のDNAサンプルを採らせて頂ければ彼に分析を依頼出来ますが?」

 トーコは思わず笑った。ケツァルが男達を見ている次元と、ステファンが彼女を見ている次元は違うのだ、と彼は理解した。

「分析にかけなくともわかる。ギャラガが持っているグラダの血はかなり薄いのだろう。しかし薄くてもグラダの力の影響が強いのだ。だから、2頭目のエル・ジャガー・ネグロが現れた。」
「かなり黒が薄いエル・ジャガー・ネグロですが?」
「薄くても、あれは黒いジャガーだ。金色ではない。」
「認めます。」
「では、あの男をグラダ族と認定する。」
「承知しました。」

 ケツァル少佐が微笑した。トーコはドキリとした。この女はまた何か企んでいるな、と警戒した。果たして、彼女は机の方へ上体を傾けた。

「副司令、お願いがあります。」

 トーコは後ろへ上体を反らせた。

「何かな?」
「ギャラガ少尉を文化保護担当部へ下さい。」
「何?!」

 ケツァル少佐は熱弁を振るった。

「半年前に本部がステファン大尉を私から取り上げました。文化保護担当部は目下のところ人手不足に悩んでおります。私は再三人員補充を申請していますが、未だに聞き届けて頂けません。ギャラガ少尉はグラダ族です。彼は今回の任務で能力を目覚めさせました。グラダの力が暴走すると、止められるのはグラダだけです。しかしステファン大尉はまだ修行中で、一番能力の弱いグワマナ族に殴り倒される迂闊者です。ギャラガ少尉が暴走した時に制圧出来るのは私しかおりません。ですから、私が彼を教育します。アンドレ・ギャラガ少尉に文化保護担当部への出向を命じて下さい。お願いします。」

 トーコ中佐が吹き出した。

「最初からそのつもりでここへ来たな、ケツァル?」

 

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