2021/09/08

第2部 ゲンテデマ  1

  テオとギャラガをシエスタで休ませるためにテオの家に届けた少佐は、夕方連絡を入れると言って、ステファン大尉を連れて再び車を走らせた。大尉は静かに助手席に座っていたが、車が文化・教育省の方向ではなく住宅地をそのまま走るので、行き先に見当がついた。

「止して下さい、まだ帰りたくありません。」

 思わず抵抗すると、少佐はキッパリと言った。

「一言挨拶するだけで良いから、カタリナに会って行きなさい。さもないとここで放り出しますよ。」

 養母がセルバ共和国に帰ってくる時は必ず休みを取って実家に帰る上官がそう言うので、ステファンは仕方なく口を閉じた。テオの家がある地区は集合住宅が多いが、ステファン大尉が母親の為に買った家は戸建て住宅が多い地区だった。決して裕福な層ではないが、少し経済的に余裕のある人の住居地だ。スラムで生まれ育った母親が生活に慣れないうちに本隊に召喚されてしまった大尉が、母親に申し訳なく思っていたのは確かだった。
 家の前に駐車すると、少佐は首を振って彼に降りろと無言で命じた。ステファン大尉は一呼吸置いて、車外に出た。そして足早に家の中へ入っていった。狭い庭に野菜が植えられていた。洗濯物がロープに吊るされている。典型的なセルバ共和国の庶民の生活ぶりだ。大尉が本隊に去ってしまった後、少佐は暫く休日毎にこの家に通い、カタリナ・ステファンを外へ連れ出した。近所のメルカド(マーケット)へ行き、買い物をしながら近所の女性達とカタリナの顔繋ぎをした。早く友達を作って地区に馴染ませたかったのだ。異母妹のグラシエラはすぐに友人が出来て、大学でも楽しく過ごしている様だ。仕事を持たないカタリナには近所付き合いが重要だった。
 10分ほどして、早くもステファンが家から出て来た。後ろを振り返りもせず、足早に車に戻って助手席に乗り込んだ。

「行きましょう。」

と言うので、少佐は外を見た。窓からカタリナがこちらを見ていたので、彼女は敬礼して見せた。カタリナが手を振ってくれた。
 車を走らせてから、彼女が彼に「もう少しゆっくりすれば良いのに」と言うと、彼は抗議した。

「まだ任務遂行中です。それに長居すると頭の傷を見られてしまいます。」

 少佐は思わず笑った。ステファンは母親に心配をかけたくないのだ。

「母が貴女に感謝していました。貴女に連れて行っていただいたメルカドで知り合った女性グループに参加して織物クラブで機織りしているそうです。さっきも織り上げた布を検品している最中でした。」
「民芸品として売れますから、お小遣い稼ぎにもちょうど良い趣味ですよ。」
「その様です。それから・・・」

 少し大尉は躊躇った。

「もしクリスマスにミゲール夫妻がお許し下さるなら少佐をステファン家のクリスマスに招待したいと言ったので、少佐はミゲール家を大事に思っておられるのでそれはないと答えておきました。」

 ケツァル少佐は苦笑した。大統領警護隊にクリスマス休暇はないのだ。ただ警護すべき要人達が休暇に入るので、時間が余る当番には休暇を取る余裕が出てくる。文化保護担当部は文化・教育省がクリスマス休暇に入るので暇になるだけだ。ケツァル少佐はその間、養母が仕事の拠点としているスペインへ毎年行っていた。実を言うと、スペインからスイスへスキーに行くのが彼女の1年に1回の贅沢だった。実家を大事にすると言うより、実家を利用して遊びを優先しているのだが、彼女は黙っていた。
 
「貴方はクリスマス休暇がないと、ちゃんとカタリナに言いましたか?」
「スィ。がっかりさせたくないので、引っ越しの時に言いました。今までオルガ・グランデにも帰らなかったので、それは受け入れてくれました。しかし休みの時は電話ぐらい入れろと叱られました。」
「当然です。」
「テオからも同じことを言われました。」

 ムリリョ博士からも同様のことを言われたのだ。ステファン大尉は少し反省モードになっていた。
 車は文化・教育省の駐車場に入った。ステファンは半年前迄彼の愛車だった中古のビートルが停まっているのを見た。ロホがオフィスに戻っている様だ。



1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

このシーンも原作にはない。

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