2021/09/11

第2部 ゲンテデマ  9

  ハリケーンで崩壊して放置された別荘があった。所有者は外国にいて、留守の間に災害に遭ったのだ。地元の若者達が無断で入り込んで遊んだ痕跡が見られた。壁に落書きだ。バンクシーの足元にも及ばない下手くそな絵がそこかしこにスプレーのペンキで描かれていた。床はタバコの吸い殻や空き缶だらけだ。別荘地なので近所の人が善意で管理することもないのだろう。一番海に近い部屋の床に、イスタクアテ・ロハスがいた。真っ昼間なのに蝋燭に火を灯して己の周囲に並べ、花を盛った上に丸い灰色の石を置いていた。その前にも血だらけの丸い物が2つ・・・
 その正体が分かった途端にテオは気分が悪くなり、廃屋の外に走り出た。朝食べた物が消化された後で良かった。それでもゲーゲーやってしまった。
 ケツァル少佐は床に座したイスタクアテに近づいた。老いたゲンテデマの顔は血で汚れていた。手にも血が付いていた。彼が古い言語で囁いた。

「ヤグアーか?」
「そうだ。」
「女か。」
「グラダの族長だ。」

 おう、とイスタクアテが声を上げた。少佐が確認のために尋ねた。

「己の目をコンドルに捧げたのか?」
「そうだ。船の白人が見つかるように。」
「白人は見つかったか?」
「見つけた。甥が謝罪させる。」
「目的は果たせたか?」
「果たした。」
「”ティエラ”の占い師を殺したか?」
「コンドルの目を奪おうとした。だから取り除いた。」
「もうコンドルの目は必要ないな?」
「ない。」

  ケツァル少佐はポケットから彼女のハンカチを出し、コンドルの目玉をそれで丁寧に包んだ。立ち上がると、囁いた。

「さらばだ、ゲンテデマ。」

 彼女が廃屋の外に出ると、テオがげんなりした顔で壁にもたれかかっていた。

「俺は君達の文化を否定するつもりはないが、生贄だけは受容出来ない。」

 少佐が苦笑した。

「私もです。」

 彼女は丸く包んだハンカチを彼に見せ、行きましょう、と首を振った。彼は廃屋を見た。

「イスタクアテは?」
「コンドルの目を取り返しました。もう用はありません。」
「しかし、殺人犯だろう?」
「私達に逮捕は出来ません。それに証拠もありません。」
「しかし・・・」

 その時、テオはドボンと言う水音を聞いた様な気がした。まさか? 彼が廃屋に入りかけると、少佐が彼の手を掴んだ。

「ゲンテデマは海に帰りました。追ってはいけません。」

 

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

原作では、アラブ人が出てきて国際的テロ計画を主人公達が阻止する展開になったが、あまりに不自然なので削除。
それに911の前だったので、テロの規模も小さい。

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