2021/10/16

第3部 隠された者  15

  大統領警護隊文化保護担当部との夕食の時間まで2時間もあったので、テオはグラダ大学へステファン大尉とデルガド少尉を連れて行った。週末なので学舎は閉まっていたが、図書館は開いていたので、そこで休憩した。ステファン大尉は寛ぎサロンで椅子に座ってぼーっとしていた。ぼーっとしているのではなく考え事をしているのかも知れないが、テオは時間が来る迄彼を放置した。デルガド少尉は大学の図書館は初めての様で、インターネットコーナーに陣取るとなかなか出て来なかった。任務に関することを調べているのか、趣味の情報を検索しているのかわからなかった。テオ自身は人文学の書籍コーナーへ行った。セルバ共和国の民族に関する文献などを探していると、書棚の角を曲がったところで考古学のフィデル・ケサダ教授とばったり出会った。型通りの挨拶をしてから、ケサダの方から話しかけて来た。

「土曜日だと言うのに珍しいですな。まだ試験問題を作成中ですか?」

 つまりケサダ教授は問題を作ってしまった訳だ。テオは微笑んで見せた。

「それが今回は奇跡的に今日の昼前に出来上がったので、今は息抜きです。」
「ほう・・・」

 ケサダが書棚の向こうを見た。そこからは寛ぎサロンもインターネットコーナーも見えないのだが、彼は言った。

「ロス・パハロス・ヴェルデスも息抜きですか。」

 なんでもお見通しの”砂の民”だ、とテオは思った。ケサダが”砂の民”だと言う確証は未だに得られていないが、彼は間違いないと思っていた。

「お聞きお呼びだと思いますが、彼等はサン・ペドロ教会周辺を徘徊したジャガーと思われる動物を捜索中です。」

 するとケサダが微かに軽蔑を含んだ笑を浮かべた。

「ジャガーだと思われているのですね。」
「教授は違うとお考えで?」

 まさか大統領警護隊が本物の動物のジャガーを探しているなんてケサダも思っていない筈だ。テオが探るような目で見ると、考古学教授は囁いた。

「大変稀ではありますが、ピューマもいるのですよ。」

 そして彼はさっさと次の棚へ移動して行った。テオは暫く長身の”ヴェルデ・シエロ”の考古学者を眺めていた。ケサダは丁寧に書籍の背表紙を一冊一冊チェックしていた。パソコンで検索すればすぐに本の場所はわかる。しかし、こうやって自分の目で見なければ気が済まない学者は多いのだ。
 有刺鉄線に引っ掛けて残されていた体毛は黄色かった。明らかにジャガーの体毛だった。それならケサダが言ったピューマは何のことだ? ピューマは、アメリカ合衆国出身のテオに取ってはクーガーの名の方が馴染みがあるが、ジャガーに負けない大きさだ。まさか、ナワルを使った人物はあの夜2人いたってことか? それが真実だとしたら、ケサダはそれを知っている。”砂の民”は既に真相を知っている?
 テオは急いでステファンのところへ行った。ステファンはソファの肘掛けにもたれかかって眠っていた。疲れたのか、今夜の張り込みに備えているのか。テオがそばに立っても目覚めなかったので、彼の体には触れずに声を掛けた。

「カルロ、悪いが起きてくれ。」

 ステファンが目を開き、そしてハッと体を起こした。心ならずも寝てしまった、と言う顔だ。大勢の人間が出入りする場所で眠ってしまって罰が悪そうな顔で彼はテオを見上げた。

「すみません、ついうとうとと・・・」

 うとうとのレベルじゃなかったよな、と思いつつもテオは見逃してやることにした。近くに部下がいるし、これから恐ろしい姉さんと食事だ。

「教えてくれ、カルロ。君達の一族にピューマはいるのかい?」

 ステファンが座り直した。テオは立ったままでは相手を威圧すると思えたので、そばの椅子に座った。

「ピューマのナワルを持つ人はいます。」

とステファンが周囲を気にしながら囁いた。

「非常に稀です。それに・・・」

 彼は空中に文字を書いた。テオは一瞬心臓が止まるかと思った。殆ど声を出さずに読み取ったことを確認する為に言葉にした。

「”砂の民”?」
「スィ。」

 ステファンも声を最小限に落とした。

「それが、彼等の選考基準です。ジャガーは選ばれません。」

 テオは椅子から離れ、ステファンの隣に座った。

「さっき、人文学の書籍コーナーでケサダ教授に出会った。彼がピューマもいると教えてくれたんだ。」

 ステファンが彼の顔を見つめ、それから泣きそうな表情になった。

「思い出しました・・・さっき教授に声を掛けられたのです。返事をして、それから・・・」

 彼は泣かずに悔しげな顔をした。

「教授に情報を引き出されて眠らされたんだ!」

 テオは彼を慰めようがなかった。純血種で手練れの”砂の民”にとって、ミックスでまだ修行中の若造など赤児同然なのだ。大学でもケサダはステファンの先生だった。どっちの力が上か、ケサダは弟子に思い知らせたのだ。

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