2021/10/16

第3部 隠された者  16 

  待ち合わせのバルへ行く車内でステファン大尉は黙り込んでいた。事情を知らないデルガド少尉は物問いたげにテオをチラチラ見たが、”心話”が使えないテオは教えてやれなかった。それにステファンは誰にも失態を知られたくないだろう。本当は食事にも行きたくないだろうが、デルガドの為に我慢しているのだ、とテオはその心中を察した。
 約束のバルでは既にケツァル少佐とロホとギャラガ少尉が食事前の一杯を始めていた。デルガドが少佐と中尉に気がついて敬礼しかけたので、テオはそっと手を抑えて止めた。
 文化保護担当部の3人は機嫌が良かった。聞けば、この日の「軍事訓練」はボーリングをしたのだと言う。何故それが軍事訓練になるのかテオには理解出来なかった。

「マハルダは不参加かい?」
「彼女は月曜日の朝から昼まで試験がありますから。」

 そう言えばデネロス少尉は考古学部を卒業してまた別の学部を受講しているのだ。まだ入学していないギャラガは、この日は勉強を免除してもらって終日遊んだようだ。デルガドとギャラガは同じ少尉だが、あまり接点はなかった様で、自己紹介をし合うところから始めていた。遊撃班はエリートだから、少尉の段階から遊撃班で勤務出来るとは羨ましいとギャラガが感想を述べると、デルガドも外郭団体に引き抜かれるなんて運と才能がなければ無理だと返した。
 テオが少佐にアンティオワカ遺跡の後処理の進み具合を聞いていると、ロホがそっと尋ねた。

「カルロがやけに大人しいですが、何かありましたか?」

 ケツァル少佐が並ぶ部下達の一番向こう端でカウンターにもたれて1人ビールを飲んでいる大尉を見た。可愛い部下のことを誰よりも理解している彼女が囁いた。

「何か任務で失敗をやらかしましたね?」

 テオは苦笑した。教えてやりたいが、やはり言えない。公衆の場所だし、他の部下達もいるし、カルロが気の毒だ。

「本人に聞けよ。」

とだけ言った。少佐とロホはそれきりステファンの態度には触れないで、バルの自慢料理を次々と注文した。いつもなら途中で場所を変えてゆっくり食事が出来るレストランへ行くのだが、バルに居続けたのは、ステファンの気分を気遣ったのだろうとテオは推察した。
 ロホが海鮮のアヒージョの皿を持ってステファンの隣へ移動した。

「厄介な相手なのか?」

と声をかけると、ステファンはグラスを見つめながら、

「どいつもこいつも・・・」

と答えた。ロホが何も言わないので、彼は自分から打ち明けた。

「ケサダ教授・・・」
「ん?」
「強烈なレッスンをしてくれた。」
「ほう?」
「恩師から名を呼ばれたら返事をしてしまうじゃないか。」
「そうだな。」
「一瞬心を盗られた。」
「あちゃ・・・」

 ロホが目を閉じて顔を顰めた。彼にも同様の経験があった。彼の場合は親だった。悪戯をして自分では上手く隠せたと思っていたのに、親に名を呼ばれてうっかり返事をしてしまい、心を親の支配下に置かれた。何をしたか全て自分の意思とは関係なく告白させられた。”操心”術の一つだ。名前を呼ばれ答えることで心を支配され、相手の意のままにされてしまう。ただ長時間支配される”操心”と違って、”心を盗る”術は有効期限が短い。だからかける方は強力な力で支配をかけてくるから、かけられた方は術が解けると気絶する。

「何の情報を盗られたのか、わからないのか?」
「ああ・・・だが、今関わっていることだ。」

 ロホにも大体想像がついた。サン・ペドロ教会近辺のジャガー騒動に関する捜査情報だろう。

「教授は担当だと思うか?」
「ノ、担当だったら私にあんなことはしない。もっと秘密裏に動くさ。教授は既に仲間が動いていることを私に教えて油断するなと警告してくれたんだ。」
「そう、それでどんな進展がありましたか?」

 いきなり隣でケツァル少佐が尋ねたので、ステファン大尉はもう少しで跳び上がりそうになった。咄嗟に2人の少尉の向こうにまだ残っているテオを睨みつけた。
 しっかり少佐を見張ってて下さいよ!
 悪りぃ!
とテオが合図をした。ロホは声を立てずに笑っていた。

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...