グラダ・シティのマカレオ通りにあるロレンシオ・サイスの家の前でケツァル少佐とテオドール・アルストは散歩をしているかの様な軽装で立っていた。日曜日の朝なので敬虔なクリスチャンは教会に出かけるだろう。サイスは出かける様子を見せなかった。塀の中の庭に車が2台駐まっていた。1台はサイスのイタリア車で、もう1台はマネージャーの物と思われる中古のドイツ車だった。ドイツ車は昨夜遅くサイスと前後してその家に来たのだ。マネージャーはサイスの家に泊まったと思われる。1人だけなのか、他に連れがいるのかわからない。
門の内側に先に忍び込んでいたエミリオ・デルガド少尉が近づいた。彼は門扉を内側から解錠し、少佐とテオを中に入れた。少佐は塀の内側に入る直前に通りの向こうの角を振り返った。そこにアンドレ・ギャラガ少尉が立っていて、上官に頷いて見せた。彼は見張りだ。
中に入ってしまうとデルガドが門扉を閉じた。彼はそのまま車のそばに残り、少佐とテオが玄関のドアの前に立った。
「中の人の気配は感じるかい?」
とテオが小声で尋ねた。少佐が頷いた。
「3人です。全員男性。 起きて活動しています。コンサートに向けて出かける準備中でしょう。」
テオは頷き、それからドアをノックした。サイスもマネージャーもアメリカ人だが、北米のセレブの様なセキュリティは付けていない様だ。庭の監視カメラも2つしかなかった。デルガドはそれらを無力化してしまっている。
ドアが少しばかり開いて、中年の男が外を覗いた。メスティーソだ。門扉を施錠した筈なのにドアをノックされて驚いていた。
「どなた?」
「大統領警護隊の者です。」
と少佐がストレートに名乗り、緑の鳥の徽章とI Dカードを提示した。セルバ共和国に住むなら、既に4年も住んでいるなら、大統領警護隊が軍隊であり警察の様なものでもある組織だと言う程度の知識は持っている。逆らってはいけないと周囲のセルバ人から聞かされている筈だ。男は渋々ながら、そして不審気にドアを開いた。
「何の御用でしょう?」
少佐が彼の目を見た。男も彼女の目を見た。少佐が言った。
「ロレンシオ・サイスに会わせて下さい。」
男が頷いた。
「こちらへどうぞ。」
少佐がテオを振り向いて、ウィンクした。テオも微笑した。
男はテオと少佐をグランドピアノが中央に鎮座している広いリビングに案内した。リビングの片隅でロレンシオ・サイスと30代後半と思える男が向かい合って朝食を取りながらその日の仕事の打ち合わせをしていた。突然の訪問者に2人は驚いて振り返った。
サイスはミックスだが母親は北米先住民とのことで、顔は純血のセルバ人とそんなに違いはなかった。マネージャーらしき男は白人だ。白人が立ち上がった。
「ハイメ、この人達は何だ?」
ハイメと呼ばれた最初の男は困惑していた。何故訪問者をリビングに案内したのか彼はわからないのだ。
少佐が微笑んだ。
「ブエノス・ディアス。」
白人は彼女を見て、彼女の目を見ずに尋ねた。
「誰なんだ?」
セルバ人の目を見て話してはいけないと言うマナーを守っている。テオが名乗った。
「こちらは大統領警護隊文化保護担当部のミゲール少佐です。私はグラダ大学の准教授テオドール・アルストです。」
少佐が身分証を提示した。
「突然の早朝の訪問をお許し下さい。セニョール・サイスに大至急お話ししなければならない用件があります。」
「何ですか? 彼との話は私を通して頂かないと・・・」
マネージャーが頑固にピアニストを守ろうとした。テオは彼の注意が少佐に向けられている間に、サイスを見た。サイスが不安げにこちらを見ており、テオと目が合った。テオは英語で言った。
「月曜日の夜の散歩はいかがでしたか?」
テオはサイスがビクッとするのを見た。ピアニストはマネージャーに声をかけた。
「ボブ、お2人をライブラリーにお通しして。」
マネージャーが彼を振り返った。
「ロー、今はそんな暇は・・・」
「いいから、早く!」
サイスが立ち上がった。
「出来るだけ早く終わらせるから、僕が良いと言う迄、邪魔しないでくれ。」
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