2021/10/14

第3部 隠された者  6

  ステファン大尉が車のドアを開いた。 デルガドも続こうとすると、彼は命令した。

「車の中にいろ。」

 そして劇場に向かって歩き始めた。テオはエンジンを切った。

「あの黒い車の男がどうかしたのか、エミリオ?」

 デルガド少尉が硬い表情で答えた。

「”砂の民”です。」
「えっ?!」

 テオは劇場を見た。白いスーツの男は既にホールの入り口に達していた。ステファン大尉はその後ろへ足早に近づいて行くところだった。”砂の民”は滅多に正体を他人に教えない。仲間同士でも知らないことが多い。ステファン大尉とデルガド少尉が知っていると言うことは、有名な”砂の民”だと言うことだ。テオは名前だけ知っている有名な”砂の民”を1人思い出した。

「もしや、建設大臣の秘書か?」
「スィ。」

 ”砂の民”であり、ミックスの”ヴェルデ・シエロ”の存在を否定する純血至上主義者だ。そんな男にミックスのステファンを近づかせてはいけない。テオは車外に出た。

「ドクトル、駄目だ!」

 デルガドも出ようとしたので、テオは止めた。

「君はそこにいろ。ステファンも命令しただろ?」

 命令と言われて、デルガドは動きを止めた。
 テオは走ってステファン大尉に追いついた。ステファンが歩きながら抗議した。

「貴方が出る幕ではありません。」
「そうかな? 君が喧嘩しに行くなら、俺は立ち会う。公正な喧嘩かどうか判定してやる。」

 ステファン大尉は足を止めて彼を睨みつけた。しかし、結局何も言わずに再び歩き出した。ホールの中に入ると、白いスーツの男が階段を上りかけていた。ステファン大尉が声をかけた。

「セニョール・シショカ!」

 そうだ、そんな名前だった、とテオは思い出した。
 白いスーツの男が立ち止まり、振り返った。白いスーツの下に来ているシャツは黒かった。濃いグレーのネクタイをしているのは、いかにも大臣の秘書らしい。顔は正に純血種の先住民のもので精悍な細い輪郭に鋭い眼光を放つ目をしていた。
 ミックスの大統領警護隊隊員と白人の男が近づいて来るのを見て、純血至上主義者の男は嫌そうな顔をした。

「エル・パハロ・ヴェルデ、何か用かな?」

 恐らく”出来損ない”と口を利くのも嫌だろうに、シショカは周囲の一般市民を視野に置きながらステファン大尉の呼びかけに応えた。ステファンも相手の正体を公然と口に出したりしなかった。

「こんな所でお目にかかるのは珍しいと思いましてね。今日はどんな御用です?」

 テオはシショカが微かにたじろぐのを感じ取った。以前ケツァル少佐やロホがこの男を警戒していた。ミックスの仲間、ステファンやデネロスに危害を加えられるのではないかと用心していた。特に女性で能力の威力が強くないデネロスを絶対に1人で建設省に行かせなかった程だ。恐らくシショカもミックスの隊員の前で優位に立った態度でいた筈だ。しかし、人間は成長する。デネロスは元から能力の使い方が上手だったので、パワーでは負けても技では純血種と同等だ。ステファンにおいては、一人前のグラダ族として日々その能力の威力が増していっている。まともに戦えばマスケゴ族のシショカはひとたまりもないだろう、とテオはロホから聞かされていた。
 ステファンはシショカが彼を追って来たとは思っていない。”砂の民”が世間を騒がせているジャガーを突き止めたのかと心配しているのだ。
 シショカはステファンを見て、テオを見た。この白人とは初対面だが誰だか知っている、そんな顔だった。テオは彼自身は知らないが、”ヴェルデ・シエロ”界では有名なのだ。トゥパル・スワレの事件でシュカワラスキ・マナの子供達を守った白人、と言う評価が与えられていた。そして今もその白人はシュカワラスキ・マナの息子の横に立っている。
 シショカは顔を階段の上に向けた。

「大臣が明日のコンサートの鑑賞をご希望なのだ。VIP席の空きがあると聞いたので、どの位置になるか確認に来た。大統領警護隊が関与するような用事ではない。」

 テオはステファンが相手の言葉の真偽を推測っているのを感じた。
 シショカが逆に尋ねて来た。

「そちらこそ、何の用事があってここにいるのだ?」
 
 ステファンが答える前にテオが素早く口を挟んだ。

「俺がロレンシオ・サイスを知らないと言ったんで、カルロが連れて来てくれたんだ。俺はあいにくジャズよりフォルクローレの方が好きなんで、アメリカ生まれのピアニストに興味なかったんだ。しかし、このシティホールは大した建造物だなぁ。」

 彼は感心した風に天井や壁を見回した。ステファンが彼の嘘に付き合って、わざとシショカの気に触ることを言った。

「少佐とのデートにジャズコンサートは止して下さい、ドクトル。彼女はクラシックが好きなんです。」

 多分、イグレシアス建設大臣はケツァル少佐をジャズコンサートに誘うつもりなのだ。果たしてステファンの勘は当たった。シショカがムッとした表情を見せた。彼は大臣が少佐を射止めることは100パーセント無理だと知っていながら、2人の仲を取り持つ役目を担っている。少佐にせめて一回だけでも良いから大臣の誘いを受けて欲しいと思いつつ、大臣が振られるのを楽しんでもいるのだ。しかし、だからと言って少佐が白人とデートして良い筈がない、と純血至上主義者は考える。

「クラシックか・・・それじゃどこかのオーケストラの演奏会を検索してみようか。」

 テオはステファンの腕を突いた。さっさと引き揚げよう、と言う合図だ。衆人環視の中でシショカがサイスを襲うことはないだろう。


 

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