2021/10/15

第3部 隠された者  8

  テオの車は西サン・ペドロ通り7丁目と第7筋の交差点に差し掛かった。7丁目は新しいアパートが立ち並ぶ通りで、主に学生や地方からグラダ・シティの企業に就職した若者達が住んでいる。他の地区の学生用住宅より少し家賃が割高になるが、サン・ペドロと言う名前のブランドに釣られて住むのを希望する若者達をターゲットにしているのだ。高級住宅地の一番最下層と言う訳で、8丁目はなく、住宅と商店が入り混じった地区が道路を挟んで始まっている。学生達が家賃を稼ぐためにアルバイトをする場所が近くにあるのだ。
 ビアンカ・オルティスは最初にステファン大尉にジャガーの目撃証言をした時、1丁目の家で家庭教師をしており、その家と自宅の間は第7筋を往復するだけだと言った。7丁目と第7筋の交差点の4つの角にはそれぞれアパートらしき建物が建っていた。ただ西サン・ペドロ通り側の建物がまだ築2年以内と思われるのに対し、反対側は煤けた古い建物だった。テオはその古い建物の横の路地に車を乗り入れ、並んでいる住民の車の間に路駐した。誰かの場所かも知れないが、他にスペースがないので仕方がない。
 ステファン大尉とデルガド少尉が外に出た。テオはビアンカ・オルティスの顔を知らなかったし、大統領警護隊の様に捜査権も持っていないので、車に残ることにした。もし住民に場所を空けろと言われたら移動しなければならない。駐車違反切符を切られるのは願い下げだった。大尉が半時間の時間制限を設けて少尉と共に学生居住区へ出かけて行った。
 車外に出て車にもたれかかり、携帯電話で主任教授のメールをチェックした。主任教授は彼が昼前に送信した試験問題に目を通してくれており、返事が来ていた。

ーーいいんじゃない?

 物凄くセルバ的だ。テオは「グラシャス」と再返信した。
 問題を一つクリアしたので気が楽になった。少し歩いて歩道に立ち、西サン・ペドロ通りとこちら側の境目になる大通りを眺めた。左斜め向いのアパートからデルガドが出て来た。テオに気がつくと、首を振って見せた。そのアパートにオルティスは住んでいないのだ。デルガドは次のアパートに挑戦を始めた。
 右斜め向いのアパートはステファンの担当で、こちらも少し遅れて外に出て来た。空振りらしく、次の建物へ足早に入って行った。テオは時計を見た。まだ世間はシエスタの時間だ。学生達は週明けに各学科で試験があるのでこの週末は勉強している筈だった。遊びに行く余裕のあるヤツはいないだろう、とテオは予想した。ここに探偵の真似事をする余裕のある准教授はいるが。
 デルガドが再び歩道に出て来た。ちょっと早いな、と思ったら、携帯を出して電話をかけた。すぐにステファンが外へ出て来た。デルガドが見つけたのだ。ステファンとデルガドが同時にテオを見た。なんだ? 来て欲しいのか? テオはジェスチャーで「少し待て」と合図して車に駆け戻った。急いでリュックを取り出し、施錠して歩道に戻った。
 車の流れが途切れるのを待って通りを横断し、デルガドが立っているアパートの前へ行った。ステファンは既に到着していた。デルガドが囁いた。

「ここの3階のBにいます。」

 テオとステファンは建物を見上げた。バルコニーがあり、植木鉢が見えた。落ちないように手すりより低い位置に置かれているが、敵が来たら落とせそうだ。

「単独で住んでいるのか?」

 ステファンが尋ねると、デルガドは首を振った。

「2人でルームシェアしている様です。」

 相方が部屋にいるとなると、会話がやり辛い。取り敢えず顔見知りのステファンとテオが部屋を訪ねることにした。デルガドは外で待機だ。

「アパートに裏口はあるのか?」
「非常階段が東端にある様ですが、通りへ出るのはこの歩道へ出る路地だけです。路地には自転車が並んでいます。走り抜けるのはちょっと難しいですね。」
「グラシャス。ここで待機していろ。必要ならすぐに呼ぶ。」
「承知。」

 心なしかデルガドはホッとした様子だった。未婚の彼が未婚の一族の女と対峙しなくて済みそうだと安堵したのだろう。
 ゲバラ髭のお陰で実年齢より年長に見えるステファンはデルガドより2歳上なだけだ。ビアンカ・オルティスとも殆ど年齢は変わらない。テオは時々彼等も学生達と同じ様に遊びたい年頃だろうにと思うことがある。だが様々な事情で軍隊に入った以上、彼等はその青春をお国のために捧げているのだ。同年齢の若者達の存在は別世界の生物と同じなのだろう。
 アパートの中は清潔だった。掃除が行き届いた階段を上り、テオとステファンは3階へ到着した。窓がない廊下の両側にドアが6つずつ並んでいた。廊下の突き当たりのドアは非常階段への出口らしい。正規の階段から数えて2つ目の南側のドアがBだった。
 ステファンはドアの前に立ち、拳でノックした。

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