2021/10/30

第3部 狩る  1

  月曜日、テオは大学の事務局で試験問題を印刷し、主任教授立ち合いの元で出来上がった問題用紙の束を金庫に仕舞った。
 火曜日の午前中、彼のクラスは試験を受けた。テオは担当教官になるので試験監督は別の講師が行い、テオは更に別の教官のクラスの試験監督を務めた。
 午後は採点に取り掛かった。◯X方式ではなく論文形式だったので、読むのに時間がかかった。点数をつける基準も慎重に見極めなければならない。日頃の講義ではグータラしているアルスト准教授が恐ろしく真剣な顔で机に向かっているので、助手達はコーヒーを淹れるにも音を立てないよう気を遣った。
 夕刻、テオはヘトヘトになりながらも採点を終えた。助手が「来週の講義までに済ませれば良いのですよ。」と言って笑ったので、彼はちょっとムッとして言い返した。

「そんなことをしていたら、またロス・パハロス・ヴェルデスから厄介な仕事が来るかも知れないじゃないか。」

 助手達が笑った。

「先生、いつもその厄介なお仕事が来ると喜んで出かけますものね。」

 すると、電話が鳴った。助手が出て、野生生物の研究をしているマルク・スニガ准教授からの電話です、と告げた。テオは自分の机に回してもらった。マルク・スニガは時々テオが大統領警護隊文化保護担当部とジャングルに出かける際に動物の痕跡を採取してくれと依頼してくる。今回もそうかと思って電話に出ると、珍しく声を低めて話しかけて来た。

ーー先週の火曜日に君に分析を頼まれたコヨーテの体毛なんだが・・・。
「あれがどうかしましたか?」
ーーちょっと気になる成分を抽出したので、医学部へ持って行ったんだ。あそこにG C M S(ガスクロマトグラフ質量分析装置)があるから。
「それはまた、大層な・・・」

 G C M Sの使用は「ちょっと気になる」から利用出来るものではない。機械が大変高価だし、使用料も馬鹿にならない。同じ大学の職員だからと言って気軽に使わせてもらえるものではない。しかしスニガは言った。

ーー君は大統領警護隊と警察が南部の遺跡で摘発した麻薬密輸事件解決に協力したんだろ?
「協力したと言うか・・・」

 囮に使われたのだが、そこまで言う必要はない。テオが相手の用件を測りかねていると、スニガがあっさりネタバレしてくれた。

ーーコヨーテの体毛からメチレンジオキシメタンフェタミンの成分が検出された。
「へ?」

 薬中のコヨーテか? と思わず呟いてしまったテオに、スニガが笑った。

ーーコヨーテにエクスタシーを飲ませて何をするつもりだったのか知れないが、警察に提出しても良いかな? 向こうにいる警護隊の隊員から分析依頼されたろ?
「スィ。君が見つけたんだ、君の名前で出してもらって構わない。大統領警護隊文化保護担当部のキナ・クワコ少尉から俺に依頼が来て、君が分析した、ありのまま報告書に書いてくれ。」
ーーわかった、そうする。しかし酷いことをするなぁ、コヨーテにドラッグを与えるなんて。

 電話を終えてから、テオはふと思い出した。ピアニストのロレンシオ・サイスはパーティーでエクスタシーをもらって酔っ払い、ジャガーに変身してしまったと言った。サイスの体内から既に薬物は排出されてしまっただろうが、髪の毛はどうだろう?


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