テオの遺伝子分析結果を見たステファン大尉は、捜査の進捗状況を教えてくれた。
「ジャガーは西から東へ、このマカレオ通りの中央辺りまで来ていました。そこから東へは行っていません。少なくとも目撃証言はありません。北にも南にも行っていない。ジャガーの姿で行っていないだけかも知れませんが。」
テオはチラリとデルガド少尉を見た。
「足跡や臭いの追跡でも辿り着けないのか?」
返事がないので、彼はさらに畳み掛けてみた。
「ロホが目撃したんだよ、マーゲイを。」
デルガドが溜め息をつき、ステファン大尉は渋い顔をした。
「すると少佐に伝わっていますね?」
「スィ。同じ車に乗っていたからね。」
「ああ・・・あの時でしたか・・・」
デルガド少尉はナワルを知っている白人のテオに打ち明けて良いのかと上官に目で問いかけた。ステファン大尉は頷いて許可を与えた。デルガドはテオに向き直った。
「マーゲイは家猫のでかいのとよく間違えられるので、それを利用して、民家の庭伝いにジャガーの臭いを追跡してみました。このマカレオ通り3丁目の第3筋にセレブの家があるのですが、ご存知ですか?」
「セレブ?」
「ピアニストのロレンシオ・サイスが住んでいるんです。」
テオは頭を掻いた。
「ピアノはあまり興味がないなぁ・・・俺はフォルクローレの方が好きなんだ。ごめん、知らない。」
「そうですか・・・テレビとかにも出ている有名人です。ジャズが主なんですけどね。そのサイスの家周辺でジャガーの臭いが途絶えているんです。」
ステファン大尉が携帯電話をいじってロレンシオ・サイスと言うピアニストの写真を検索して表示した。見せてもらっても、やはりテオは知らなかった。
「サイスは”ヴェルデ・シエロ”なのかい?」
「そんな話は聞いたことがありません。」
写真で見るロレンシオ・サイスは純血種の顔をした先住民だ。その顔でジャズを弾けば、ちょっと異色な印象をジャズファンに与えるだろう。
それでお願いがあります、とステファン大尉が切り出した。
「暫くこのデルガドをこちらに置かせてもらえませんか? サイスの家の周辺を見張らせたいのです。 休憩場所として使わせていただいて、食費などは支払います。ナワルは毎日使える訳ではないので昼間出かけたり、夜出かけたりと煩いかも知れませんが・・・」
「俺は構わないよ。」
テオは”ヴェルデ・シエロ”が家にいれば蠍などの毒虫が屋内に入って来ないことを知っていた。ジャガーでもマーゲイでも、力の大小はあっても”ヴェルデ・シエロ”だ。居てくれるだけでも大いに役に立つ。
「客間を使ってくれて構わない。アリアナの部屋として空けてあるんだが、もっぱらアスルが寝泊まりに使っている。」
「アスルが?」
ステファン大尉が驚いた顔をした。アスルがテオに対して余所余所しい態度を取っていたことが印象深いので、あのツンデレ少尉がこの家に泊まりに来ることが意外だったのだ。
テオは頷いた。
「いつも知らない間に入り込んで寝ているよ。朝ごはんを作ってくれるから、俺は大歓迎だけどね。そうそう、以前ゲンテデマの事件で君とアンドレが捜査していた時、アンドレを客間で昼寝させたら、アスルがやって来て拗ねていたな。」
「アスルは今でも来るんですか?」
「来るけど、今はミーヤ遺跡と言う所で発掘隊の監視をしているから、暫く戻っていない。」
ミーヤ遺跡にチュパカブラ騒動が起きている話を語り合おうかとも思ったが、テオは思い止まった。ジャガー騒動で働いている大統領警護隊遊撃班に、大統領警護隊文化保護担当部が抱えている問題を語っても何にもならない。
「だから、デルガド少尉は安心してこの家を使ってくれて構わない。ところで、カルロ、君はどうするんだ?」
「私は本部に戻ります。ジャガーが誰かのナワルであることは貴方の分析結果で証明されたので、上に報告します。」
「毎日通える距離だから、いつでも様子を見に来れるしな。」
もし本部に戻らずにどこかに泊まるとステファンが言えば、テオは彼の実家に行けと言うつもりだった。任務遂行中とは言え、息子が寝泊まりすれば、カタリナ・ステファンは喜ぶだろうに。
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