2021/10/31

第3部 狩る  5

  医学部に電話をかけてG C M Sを利用出来るか尋ねると、期末試験期間なので機械は空いていると言う。利用料金を聞いて、大統領警護隊文化保護担当部のツケにしてもらうことにした。個人で払うには金額が大きかった。マルク・スニガ准教授は興味本位で依頼した様なニュアンスだったが、彼は自腹を切ったのだろうか。それともやはり大統領警護隊のツケなのか?
 約束の時間まで余裕があったので、文化・教育省に立ち寄ってケツァル少佐の了承を取っておこうと思った。
 文化・教育省の駐車場に車を置いて、入り口の無愛想な女性軍曹に入庁手続きをしてもらい、4階に上った。雨季が近づいているので文化財・遺跡課は来季の発掘申請時期が始まっていた。昨年見た顔の人が並んでいた。
 大統領警護隊文化保護担当部はそれらの申請が通って回されて来る書類の最後の「関門」だから、4、5日は少し暇なのだ。マハルダ・デネロス少尉は試験が終わったので余裕の表情で仕事をしていた。アンドレ・ギャラガ少尉は逆に雨季休暇の終盤に大学入試があるので、仕事も勉強も真剣だ。ロホは少尉達の仕事が終わらなければ彼の役目がないので、暇そうだ。それは少佐も同じで、テオがカウンターの内側に来た時、爪を研いでた。
 テオは2人の少尉と1人の中尉に挨拶してから、少佐の机の前に立った。

「ブエノス・ディアス、少佐。」
「ブエノス・ディアス、ドクトル。」

 仕事の時はテオではなくドクトルだ。少佐は爪を研ぎ終えて、道具を仕舞った。それから彼を見上げた。

「ご用件は?」

 テオは鞄からビニル袋を出した。

「今朝、アスルがうちに来て・・・」

 デネロスとギャラガが振り返った。遠い国境近くのミーヤ遺跡にいる筈のクワコ少尉がグラダ・シティに戻って来るとは只事ではない。それも備品調達ではなく、テオの家へ訪問だ。
 少佐がビニル袋を手に取った。中の血で汚れた枝葉を眺めた。そして説明を求めてテオを見たので、彼は説明した。

「昨日、ミーヤ遺跡に不審な女性が立ち入ったので、アスルが発砲したそうだ。女性はアスクラカン出身と思われ、銃創を負ったと思われるが、ジャングルの中に逃走したらしい。」

 それだけの説明で、ケツァル少佐とロホ、それにギャラガはテオが言いたいことを理解した。試験勉強でロレンシオ・サイスの一件に関わらせてもらえなかったデネロスは、無邪気に、

「ジャンキーって何処にでもいるんですねぇ。怪我をしても痛みを感じなかったんじゃ、重症ですよ。」

と言った。しかしロホと目を合わせた直後、真面目な表情になった。”心話”で先週の月曜日からの出来事を教えられたのだ。
 テオは少佐からビニル袋を返してもらい、用件を告げた。

「アスルにこれの分析を依頼されたので、これから医学部へ行ってGCMSにかけてくる。利用料金はそちらに請求を回すから、了承しておいてくれ。」
「いくらです?」

 と経理担当のロホが尋ねた。テオはここで言いたくなかったが、取り敢えず最低料金と最高料金を言った。ギャラガが思わず口笛を吹き、ロホが尋ねた。

「貴方の部屋の機械では無理なんですか?」
「無理だね。遺伝子分析じゃなくて、ドラッグの成分を調べるんだよ。遺伝子の方は俺の部屋で調べるから、例の女がドラッグをやっているかどうか、確認する。」

 ロホは少佐を見た。少佐が額に手を当てて考え込んだ。

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