2021/10/31

第3部 狩る  6

  ケツァル少佐から正式な分析依頼書を書いてもらったテオは、医学部へ行った。スルメの袋に入れてあったので、余分な調味料の成分が付着していたが、それも別に分析して血液の分析結果から引くことになる。料金が割り増しになるが、それはテオでなく大統領警護隊が払うので彼は気楽に申請書に署名した。
 それから一旦医学部を出て、彼は生物学部の彼の研究室へ行った。残りの血液をD N A分析器にセットして本業に専念した。
 ケツァル少佐から電話がかかって来た時、時計は1時になろうとしていた。昼食は終わりましたかと訊かれて、昼食を忘れていたことを思い出した。まだだと答えると、少佐はカフェ・デ・オラスで待っているから来ないかと誘いをかけて来た。断る理由がないテオは喜んで研究室を施錠して出かけた。
 カフェ・デ・オラスは文化・教育省が入居している雑居ビルの1階にあるカフェだ。文化・教育省の職員の食堂みたいになっているが、役所の昼休みが終われば普通のカフェだ。テオが入店すると、少佐は指定席みたいないつものテーブルに着いていた。来たばかりなのか、手付かずの料理を前にして携帯の画面を見ていた。テオは彼女に声をかけ、それから店のスタッフに少佐と同じ物を注文した。
 彼が椅子に座ると少佐が携帯の画面を見せた。

「生物学部の別の准教授が大統領警護隊にこんな請求をして来ていますが?」

 マルク・スニガ准教授はやはりちゃっかりと分析費用を大統領警護隊に請求していた。仕方なくテオは説明した。

「先週アスルが送って来たコヨーテの体毛の分析を依頼したんだよ。俺の研究室とスニガの研究室の分析器でも結果を出して報告しておいたんだが、スニガは自分の機械が分析仕切れなかった成分があることを気にして、医学部に詳細な分析を依頼した。それでコヨーテの体毛からエクスタシーの成分が出た。アンティオワカ遺跡で捕まえたフランス人やコロンビア人がコヨーテに麻薬を与える理由がない。奇妙だと思わないか?」
「実験に動物を使ったのでしょう。」

と少佐が腹立たしそうに呟いた。

「コヨーテが自らドラッグを口にするとは思えません。考えられるのは、薬の完成度を確認する為に動物に与えたか、或いは運搬の為に肉にドラッグを隠していたのをコヨーテが盗んで食べたか、です。」
「コヨーテとアスルが出遭った女の間に関係はないと思うが、その女はビアンカ・オルトだろうか? アスクラカン訛りがあると言うのが、俺は気になる。」
「話を逸らさないで下さい。何故正式な分析依頼をしていない分析に大統領警護隊がお金を払わなければならないのです?」

 少佐がテオを呼んだのは、お金の問題であるらしい。最初の分析をした時は料金が発生しなかった。テオはいつもの友人に対する厚意で分析を行い、スニガ准教授も暇だったからしてくれたのだ。どちらも自分達が自由に使用出来る自分達の研究室の機器を使った。しかし医学部の機械は違う。最新鋭の機器で高価だ。そして医学部の担当者は友人ではない。

「医学部の機械は高価で使用料金が発生する。医学部はスニガに料金を請求したんだ。だからスニガは文化保護担当部に請求を回した。」
「文化保護担当部がスニガに分析を依頼した覚えはありません。」

 つまり、少佐は料金発生はテオの責任だと言いたいのだ。分析結果は目下のところ、どうでも良いのだ。一つの部署の責任者として、彼女は本部から文句を言われる前に問題を解決しておきたい訳だ。

「アスルかロホが正式な分析依頼書を書いてくれていたら、俺も君が本部に言い訳しやすい様に報告書を書いたのにな・・・」

 と言いつつも、友人達に責任転嫁したくないテオは、折れた。

「料金は俺がスニガに支払っておくよ。」
「何故貴方が払うのです?」
「しかし・・・」
「スニガ准教授が勝手に医学部に分析を依頼したのでしょう?」
「そうだが・・・」
「貴方は依頼していないのでしょう?」
「していないが・・・」

 少佐はスニガ准教授からのメールを削除した。

「我々は依頼した覚えのない仕事に料金を支払いません。」
「だから俺が・・・」
「貴方も払わなくてよろしい。」
「しかし・・・」
「貴方は何も見なかったのです。」

 そこへテオが注文した料理が運ばれてきた。

「貴方はスニガの為に何かしたことがありますか?」
「彼が採取した生物のサンプルのD N A分析を何度かしたが・・・」
「料金を取りましたか?」
「ノ・・・」

  少佐が自分の料理にやっと手をつけながら命令した。

「今回の請求は踏み倒しなさい。」


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