ロレンシオ・サイスがセルバ共和国で開いた一番大きなコンサートは無事終了した。以前からの彼のファンは熱狂し、新しいファンも大満足で、シティ・ホール周辺は日曜日から月曜日に日付が変わったにも関わらず盛り上がっていた。
テオはケツァル少佐が疲れることを懸念して、車をホール建物の反対側、スタッフの駐車場へ移動させた。警備員に一度止められたが、デルガドが”操心”で通過許可を出させた。
観客が全員外に出てから撤収が始まった。バンドメンバーも楽器や機材を片付けて働いていた。ピアニストは楽器を持ち出せないので、仲間の手伝いをしていた。スター気取りのない男だ。デルガドが囁いた。
「彼は気を放っていませんね。」
「今日一日は封印しておきましたから。」
と少佐が応えた。
「なんとかして彼を仲間から引き離して、私達の話を聞かせたいのですが。」
「多分、彼の方から連絡してくるよ。」
とテオは言った。
「彼は不安で堪らない筈だ。だけど、今日はそれを押し殺して演奏に専念した。精神力は強い男だ。きっと”ヴェルデ・シエロ”の話を信じるだろうし、積極的に作法も学ぶと思う。障害になるのは、あの熱心なマネージャーと、考えていることがわからないビアンカだな。」
「”砂の民”のみならず我々は直接相手を襲うことを掟で禁じられています。あの女が仕掛けてくるとすれば、何か別の物や人間を動かすでしょう。」
デルガドは動き回るスタッフを見た。駐車場のフェンスの向こうには、まだ居残っているファンがカメラを向けていた。
「ああ言う一般人を巻き込まれると面倒です。」
「一般人を巻き込むのは、守護者たる”ヴェルデ・シエロ”の存在意義に反します。」
と少佐が硬い声で言った。
「オルトが市民を利用しようとしたら、容赦なく撃ちなさい。」
ケツァル少佐の究極の命令に、デルガド少尉がハッとした様に背筋を伸ばした。
「承知しました。」
彼が敬礼した。テオは微かに不安になった。ビアンカ・オルトは本当に異母弟を狙っているのだろうか。
「少佐、他の”砂の民”に通報してビアンカを止めさせることは出来ないのか?」
少佐が溜め息をついた。
「”砂の民”は互いの仕事には干渉しないのです。同僚が市民を理由なく害した場合のみ動きますが、その場合は事が起きてからです。事前に防ぐことはしません。」
テオはその返答に不満だったが黙った。そして、ふと考えた。
ステファン大尉の心を盗んだケサダ教授は、事情を知ってしまったのではないのか?
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