2021/10/27

第3部 隠れる者  14

 「明日は皆さんお仕事があるでしょう?」

とデルガド少尉が言った。

「私は今やっていることが任務ですから、お2人はお帰り下さい。私はサイスについています。」

 テオは彼が1人で残ることに不安を感じたが、ケツァル少佐は「わかりました」と応えた。
デルガドは車から出て、サイスの方へ歩いて行った。ロレンシオ・サイスはマネージャーと話をしていた。デルガドが横に立っても彼等は振り向きもしなかった。恐らくデルガドは”幻視”を使って彼等に己の姿を見せていないのだ。
 やがて話が終わったのか、サイスが1人で自分の車へ向かった。デルガドがピッタリとついて行き、サイスが自分の荷物を積み込む時に素早く助手席に乗り込んでしまった。ドアの開閉にもその付近にいた”ティエラ”達は気づかなかった。 
 少佐が微笑んだ。

「なかなかやるじゃないですか。」

 大統領警護隊遊撃班はエリート部隊だ。今迄なんとなくエミリオ・デルガドの仕草が若く幼い印象を与えていたので、テオは彼が”ヴェルデ・シエロ”の精鋭なのだと言うことを忘れていた。もしかすると、デルガドの”操心”術に彼もはまっていたのかも知れない。
 サイスの車が走り出したので、テオも車を出した。行き先は両車共にマカレオ通りだ。運転しながらテオは少佐に尋ねた。

「サイスが自宅に入る迄見守っていたいのだが、君は構わないか? それとも西サン・ペドロ通りを通って君を家に落として行こうか?」
「貴方のお好きな方へどうぞ。」

 大きな結界を4時間も張っていた少佐は疲れたのか、眠たそうな表情になっていた。いかん、「電池切れ」だ、とテオは焦った。考えれば、コンサートの昼の部も、彼女は建物の外にいた。恐らく昼のコンサートの間も結界を張っていたのだろう。
 西サン・ペドロ通りとマカレオ通りは数本の道路を共有している。しかし、サイスの車は中間の東サン・ペドロ通りへ向かう道を走り、交差点でマカレオ通りへ向かう方角へ右折した。テオは助手席をチラリと見て、少佐が目を閉じてしまっているのを確認すると、サイスを追って右折した。
 サイスは最短距離を走り、自宅前へ到着した。リモコンで門扉を開けると、そのまま車を庭へ乗り入れた。門扉が閉じてから、テオは門の前へ車を近づけた。サイスの家の玄関前で人感センサー付きの照明が灯り、車から降りたサイスとデルガドが家の中へ入って行くのが見えた。リビングの照明が灯り、サイスがあのだだっ広いリビングのピアノの前に座る影が見えたが、デルガドの影は識別出来なかった。
 テオは暫くじっと家の様子を伺っていた。サイスと思われる影はやがて立ち上がり、窓から見えなくなった。照明が消え、1分後、2階の一室に照明が灯った。デルガドが屋内の安全確認をして、サイスを寝室へ呼んだのだ、とわかった。
 寝室の灯りが消えたのは午前2時前だった。
 少佐はすっかり眠り込んでいた。そんなに無防備に眠られても困るんだが、と思いつつ、テオは同じマカレオ通りの自宅へ帰った。
 玄関を開けて、リビングの照明を点けてから、車に戻り、少佐を引っ張り出した。起きろ、と言っても目を覚さなかったので、仕方なく抱き上げて運んだ。流石にジャガーは猫より重たかったが、彼は慎重に彼女を運び、一旦ソファに下ろした。それから客間を覗くと、ここ数日遊撃班の2人が使っていたので男臭かった。テオは自身の寝室に入り、大急ぎでベッドを整え、窓を開けて換気してから彼女を運び入れた。

「君の好きなハンモックでなくてごめんよ。」

 そっと額にキスをして、彼は枕を持ってリビングへ行った。

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