2021/10/26

第3部 隠れる者  12

  サスコシ族の族長の家を辞したステファン大尉とロホに、セルソ・タムードは自宅で泊まっていけと勧めた。ビアンカ・オルトの行方が気になったが、ロレンシオ・サイスにはケツァル少佐が付いている筈なので、2人は好意に甘えさせてもらうことにした。
 タムード家に戻ると、ドロテオ・タムードが既に宴の準備をして待っていた。現代風の家風の家族だ。広い庭に面したリビングの窓を開放して、3人の息子とその妻子達が集まり賑やかに食事をした。ドロテオは遠縁の親戚であるフェルナンド・フアン・ミゲールの近況を知りたがった。年齢はドロテオの方が上だが、子供時代は一緒に遊んだこともあるし、ミゲールが養女を迎えて妻子をタムード家に連れて来たこともあった、と語った。ステファンもロホもケツァル少佐の幼い頃の様子を聞きたかったが、ドロテオが知りたがっているのは養父のことだ。ミゲール駐米大使が3ヶ月前に一時帰国して外務省のパーティーに出席した際に警護に駆り出されたロホが、大使の様子を語った。ドロテオは楽しそうにロホの語りを聞いていた。
 ステファンの方は子供達に妙に懐かれて庭で遊ぶ羽目に陥った。子供達もミックスだ。母親達が”ティエラ”なので、その能力は薄くなっていく。それが自然な流れなのかも知れない、とステファンはうっすらと感じた。
 夜が更けて子供達が部屋に追い立てられ、女性達も奥へ引き揚げた。ドロテオは庭のハンモックで寝てしまった。長男と三男はロホとサッカー談義に忙しく、ステファンは一息付いて、庭の端でタバコに火をつけた。セルソ・タムードがそばにやって来た。

「官製のタバコですか?」
「スィ。大統領警護隊の支給品です。味は自家製の物と変わりませんが。」

 箱を差し出すと、セルソは礼を言って1本取った。ステファンが火を点けてやった。暫く並んで川を眺めながらタバコを吹かしていた。やがて、ステファンが心に引っかかっていたことを質問した。

「族長の家で、貴方はビアンカ・オルトが”砂の民”であるかの様な発言をなさいましたが、意識されていましたか?」

 セルソが苦笑した。

「家族にずっと秘密にしていたのですが、族長とあなた方は彼女が何者かご存知だ。ついうっかり口に出してしまいました。」
「貴方はいつから彼女がピューマだと知っておられたのです?」
「彼女が10代前半頃からです。」

 セルソは嫌なものを思い出したのか、顔を顰めた。

「彼女は思い込みが激しい女で、私の弟に片想いをしていたのです。ストーカーまがいの行動を取っていました。弟は、オルトの家がミックスに対してどんな考え方をしているか、親から散々聞かされていましたから、彼女を相手にしませんでした。」
「しかし、ビアンカはミックスの貴方の弟に恋をしたのですね?」
「どの程度本気だったのか、私達にはわかりません。彼女には遊びだったのかも知れない。ミックスが純血種に逆らうなど、彼女のプライドが許さなかったのでしょう。ある時、農作業で私達は親の手伝いをして畑で働きました。夕方、帰宅してから弟が帽子を畑に忘れたことに気がつきました。私もたまたま別の物を・・・鎌を畑に置いて来てしまい、私が取りに戻ったのです。弟の帽子を拾い上げた時、突然叢からピューマが襲いかかって来ました。」

 ステファンは驚いた。

「10年程前と仰いましたね? そんなに早くに彼女はナワルを使えたのですか?」

 セルソが笑った。

「大尉、貴方には姉妹はおられないのですか?」
「姉と妹がおりますが・・・」

 ステファンはケツァル少佐を素直に「姉」と呼んでしまった己に少し驚いたが、なんとかして相手に悟られずに済んだ。

「離れて暮らしていたのでよく知りません。」
「そうですか・・・」

 セルソにも姉妹はいないのだが、彼は若い女性のことを知っていた。

「女性は体の成熟が男より早いのです。ですから、10代の早い時期にナワルを使える人もいます。特に純血種は早いのです。」
「わかりました。貴方は畑でビアンカのナワルに襲われたのですね?」
「スィ。勿論、その時は彼女だとわかりませんでした。私は咄嗟に最初の一撃を避けて、鎌で応戦しました。ナワルを使う暇はありませんでした。変身する間に次の攻撃を受けますからね。相手と向かい合って、ジャガーでなくピューマに襲われたのだと知った時は、本当に恐怖でした。”砂の民”に狙われる様な粗相をした覚えはありませんでしたから。それにそのピューマはまだ小さかったのです。子供の”砂の民”などあり得ない。無謀にも飛びかかって来たピューマに私は鎌で切り付け、前脚を傷つけました。ピューマは逃げて行きました。
 翌日、私達はオルトの娘が腕を怪我して母親が大騒ぎしていると聞きました。私は、ピューマがビアンカだったのだと気がつきましたが、確証を得られませんで、誰にも言えませんでした。恐らく、私の弟にプライドを傷つけられた彼女が、弟の帽子を手にした私を見て勘違いしたのでしょう。私は恐ろしくなりましたが、親に告げる勇気がありませんでした。それで、ある長老にこっそり告白したのです。長老はまだビアンカのナワルに関する報告をオルトの家から受けていませんでしたから、私に黙っているようにと忠告を与えました。私はそれから長老の保護を受け、沈黙を守りました。ビアンカが家出したすぐ後にその長老は老衰で亡くなりました。しかしビアンカがピューマである報告は他の長老と族長に伝えられており、私は今も保護を受けています。」

 セルソはステファンに向き直った。

「ピアニストがビアンカに狙われていると言う貴方の考えを私は支持します。彼女は危険です。」


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