2021/10/09

第3部 潜む者  16

  ミーヤ遺跡は本当にハイウェイから近かった。テオは鞄を担いで徒歩でアスルについて遺跡迄歩いた。アスルは朝食に食べたファストフード店のハッシュドポテトの油が古かったとブツブツ文句を言い、道中草むらの中に入って草をむしり食べたので、テオはちょっと驚いた。言葉に出さずに済んだが、内心「猫草じゃないのか?」と呟いてしまった。流石に猫草の様な効果はなく、アスルの腹具合が少しマシになっただけだった。
 半時間歩いて遺跡が見えて来た。確かに車があれば5分で来れただろう距離だ。遺跡の外に立っているテントも宿泊用と言うより休憩用の簡単な物で、作業員は近隣の村から来るバイトだった。陸軍の警備兵が5人いると聞いていたが、出迎えたのは2人だった。

「1時間前に憲兵隊が来て、3人を連れてアンティオワカへ行きました。」

と1人が報告した。アスルは頷いて了承を示し、来ている作業員と発掘隊を集めるようにと命じた。テオが何処の発掘隊かと尋ねると、日本だと言う答えだった。

「アンティオワカへ行きたかったらしいが、協力を申し込んだフランス隊に断られたんだと言っていた。フランス隊が断った理由はわかる。テメェらの悪行を日本人に見られたくなかったんだろ。」

 アスルがちょっと笑った。

「こっちも日本人を人質に取られずに済んで助かった。」

 テオは前日の大学駐車場での車上荒らしを思い出した。携帯電話を無造作に車の中に置きっ放しに出来る国があるのか、と思ったが、後で日系の学生に聞くと、日本でも車上荒らしはあるし、スマホを剥き出しで放置するなんてバカだ、と返された。
 時間に正確な国民性で、発掘隊と作業員は10分もしないうちに警備兵のテント前に集合した。彼等を前にして、アスルがチュパカブラ騒動の真相を語った。テオも体毛の検査結果をプリントアウトしたものを日本人の考古学者に見せた。彼等はグラフを見て、英語とスペイン語で書かれた解説を読んで納得した。通訳が作業員にもその用紙を回覧させた。
 コロンビア人のエド・ゴンボは知り合いが何人かいたが、彼等はゴンボの裏の顔を知らなかったと言った。真実なのか否か不明だが、作業員達は発掘作業を再開することに同意した。
 アスルが警備兵達と打ち合わせを始めたので、テオはテントの下に座って結果をグラダ・シティのロホに電話で伝えた。

ーーコロンビア人の麻薬密輸と繋がっていたんですか。

 電話の向こうでロホが呆れた様な声を出した。きっとアスルと少佐の作戦を知っていて、わざと驚いているのだ。テオは追及しないことにした。軍人に向かって民間人が作戦を前もって教えろと言う訳にいかない。

「ジャガーの方は進展があったかい?」
ーーノ、何も聞いていません。

 これも怪しいが、カルロ・ステファン大尉は古巣の友人に何もかも喋ったりしないだろう。

ーー今日帰れますか?
「そのつもりだが、何か用かい?」
ーー用事はありません。ただ皆出かけているので、寂しいだけですよ。

と言ってロホは笑った。

「アスルと一緒に帰るのは無理だろうけど、少佐が戻って来たら、拾ってもらうよ。」

 電話を終えてふと顔を上げると、アスルがそばに立っていた。テオに黄色い筋状の物体が詰まった袋を差し出した。何やら海の匂いがしたので海産物だろうと見当がついた。

「なんだい?」
「日本人がくれた。スルメだ。」
「はぁ?」
「干したイカだ。」

 アスルはボソッと呟いた。

「これは旨いんだ。」

 テオは有り難くいただいて、袋を鞄にしまった。アスルは彼用にもう一袋もらっているようだ。

「ジャガーがどうした?」

と彼が尋ねた。テオは彼にジャガー騒動を誰も話していないのだと気がついた。

「3日前に住宅街でジャガーが目撃されて、ちょっとした騒ぎになったんだ。大統領警護隊が遊撃班を出してジャガーの行方を探しているところさ。恐らくマナーを知らないヤツが変身したんだろうってカルロは考えている。」
「ステファン大尉が捜査責任者か?」
「スィ。デルガド少尉と2人で足跡や臭いを辿っているんだが、どうも俺の家の近所で消えたみたいなんだ。だから俺も気になっている。」

 アスルはちょっと考え込んだ。彼が慕っている先輩の相棒には特に関心はないようだ。

「騒ぎになっていると言うことは、世間に知られていると言う意味だな?」
「スィ。警察も探しているし、大学でも学生達は知っていた。実は少佐も散歩中に気配の接近を感じたそうだ。目で見た訳ではないがね。」

 アスルが唇を噛み締めて遠くを見る表情になった。彼の考えていることはわかった。世間に知られてしまったと言うことは、一族を危険に曝していると言う意味だ。”砂の民”が必ず動く。マナー違反のジャガーを何処かで密かに殺害してしまうだろう。

「俺たちは関わらない。貴方も絶対にそいつと接触するな。そいつの存在は、チュパカブラより危険だ。」


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