2021/10/09

第3部 潜む者  15

 大統領警護隊からの通報を受けて国境警備に配備されているセルバ共和国陸軍の憲兵隊がホテルにやって来たのは明け方だった。早朝の出動に機嫌が悪かったので、憲兵達はコロンビア人のゴンボを手荒に扱った。テオがゴンボの牙型の槍の穂先に古い血液が付着しているのを見つけて、採取した。

「血液のDNAを分析したら、こいつが発掘作業員を刺した犯人だってわかる。」

と彼が言うと、憲兵達は喜んで任せてくれた。
 憲兵と話をしていたアスルが戻って来たので、テオは訊いてみた。

「盗掘だけでこんな手の込んだ犯行をするとは信じられない。何か他に目的があるんじゃないのか?」

 アスルが頷いた。

「盗掘はフランス人が行ったことだ。コロンビア人はコカインを密輸している。アンティオワカ遺跡の盗掘が発覚して大統領警護隊が発掘を中止させると、遺跡は立ち入り禁止区域になる。」
「そこに麻薬を隠して配送センター代わりに使うってか?」
「遺跡管理の仕事を請け負う業者がコロンビア人の仲間だ。」

 アスルは憲兵隊をチラリと見た。

「後は彼等の仕事だ。大統領警護隊は遺跡に戻る。これから作業員達に働けと言わねばならない。」
「アンティオワカ遺跡の方は?」
「既に憲兵隊が向かった。少佐が発掘隊を制圧しているだろう。誰も逃亡していない筈だ。」

 ケツァル少佐は遺跡を一つ丸ごと結界の中に入れ、発掘隊に”操心”をかけて逃げないよう大人しくさせているのだろう。恐らくギャラガは遺跡の中の証拠物件を探している筈だ。
 テオは荷物を鞄に仕舞いながら、ふと気になることがあったので、また質問してしまった。

「あのコロンビア人は、この部屋をどうして知ったんだろう?」

 そんなの問題ない、とアスルは言いた気に肩をすくめた。

「俺がフロントに客が来たら教えてやれと言っておいた。」

 つまり”操心”をかけたのだ。真夜中の客など滅多にいない。アスルはミーヤ遺跡から町までゴンボが尾行していることに気づいていたのだ。ゴンボはレストランの外でアスルが出て来るのを待ち、ホテルまでつけた。ケツァル少佐とギャラガが車でどこへ向かったのか知らなかった筈だ。知っていればアスル暗殺など後回しでアンティオワカの仲間に知らせようと走っただろう。
 テオはアスルが1人で戦うのをまだ見たことがない。以前要塞みたいな麻薬シンジケートのアジトにアスルとステファン大尉が2人だけで突入したことがあった。アスルが素手で10人と格闘して倒したと言う武勇伝が生まれた。だが目撃したのは麻薬シンジケートの連中とステファン大尉だけだ。セルバの刑務所の受刑者達はアスルを「ペケニョ・エロエ(小さな英雄)」と呼んでいるらしい。ゴンボの誤算は、外国人故にアスルを軽く見たことだ。

「君の活躍を動画に撮っておけば良かった。」

と冗談を言うと、アスルはまた「けっ」と言った。

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