2021/10/09

第3部 潜む者  17

  昼前にアンティオワカ遺跡からケツァル少佐とギャラガ少尉が引き揚げてきた。憲兵隊はまだ奥地にいる様だ。少佐はアスルからチュパカブラ騒動の顛末の報告を受けると、彼女の方もアンティオワカでの成果を伝えた。フランス隊の盗掘は学者の犯行ではなく、彼等がヨーロッパから連れて来た学生の仕業だった。そして麻薬の方は作業員に混ざっていた密入国者のコロンビア人だった。
 テオとギャラガはテントの下で大人しく彼等の会話を聞いていた。実を言うと2人共寝不足で意識がぼんやりしてきていたのだ。それに気づいた少佐が時間制限を設けて早めのシエスタを宣言した。携行食で簡単な昼食を取って、彼等は1時間ばかり眠った。
 まだ太陽が中空にあるうちにシエスタは終了し、少佐はアスルにアンティオワカ遺跡発掘の中止命令が守られることを監視するよう命じた。

「学者達には気の毒ですが、1人でも不届き者が出ればその時点で発掘を中止させると言うのが我が国の法律ですから。」

と少佐がテオに説明した。テオは近くで彼女の言葉を殊勝な顔で聞いている日本人学者に気がついた。こんにちは、と知っている数少ない日本語で挨拶すると、向こうもこんにちはと返してくれた。

「当方の作業員からもチュパカブラ騒動の関係者が出ました。我々も中止しなければならないのでしょうか?」

 テオはケツァル少佐を見た。少佐が何か言う前に彼は弁護してみた。

「ミーヤ遺跡では盗掘はないよな? 麻薬組織の人間はいたが、作業員に紛れ込んでいただけだろう? 遺跡そのものを傷つけた訳じゃないと思うが?」

 少佐が何か言う前に、ギャラガが鼻をひくつかせた。

「何だろう? 良い匂いがする・・・」
「これかな?」

 とアスルがテーブルの上に置いてあったスルメの袋を手に取った。
 少佐が何か言う前に、ギャラガが叫んだ。

「あー、それ、知ってます! 美味しいヤツだ!」
「スルーメだってさ。」

とテオが言った。少佐が何か言う前に、日本人が言った。

「まだあります。差し上げますよ。」

 素早く自分達のテントへ立ち去ったので、少佐が首を振った。

「賄賂の要求に聞こえましたが・・・」
「そんなつもりは毛頭ない!」

とテオは言った。

「俺はまだそのスルーメを食べたことがないんだ。」
「スルーメじゃなくてスルメだ。」

とアスルが発音を訂正した。ギャラガはかつて陸軍にいた頃に先輩から分けてもらったことがあったので、味を知っていた。

「確か、干した魚でしたよね?」
「干したイカだ。」
「だから魚でしょ?」
「イカは魚類ではない。」

 そう言えばアスルは魚介類が好物なのだ、とテオは思い出した。
 日本人が新しいスルメの袋を4つ持って来た。最初にレディファーストで少佐に手渡された。少佐は気が進まなさそうな顔で受け取った。テオとアスルはその日2つ目のスルメをもらい、ギャラガは数年ぶりに干したスルメイカを手にした。

「発掘の件ですが・・・」

と少佐がやっと口に出した。その場にいた全員が彼女を見た。

「ミーヤ遺跡では盗掘の事実は確認出来ていませんし、チュパカブラ騒動に関わった人間は臨時雇用の作業員でした。従って、ミーヤ遺跡の発掘は続行許可します。」

 小さな遺跡の中に歓声が上がった。  

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...