2021/10/15

第3部 隠された者  10

 「順を追って話してくれないかな。まず、君の出身部族はどこだい? アスクラカンの訛りがあるけど。」

 テオの言葉にオルティスはまたギクリとした。この白人はどんだけ知ってるの? と言いたげだ。ステファンは黙って彼女の顔を見ていた。少しでも彼女がテオに対して目の力を使おうものなら容赦せずに懲らしめるつもりだった。
 オルティスはスパスパとタバコを2回ふかし、それから答えた。

「サスコシ族です。よその血は入っていません。」

 確かケツァル少佐の養父フェルナンド・フアン・ミゲールもサスコシ族だったな、とテオは思った。ミゲール大使はかなり白人の血が入っているが。

「君とロレンシオ・サイスとの関係は?」
「私は彼のファンです。」

と答えてから、彼女はステファンに睨まれていることに気がついた。下手に嘘をつくと次の”心話”の時に思考を全て読み取るぞ、と言う無言の圧力だ。テオは微かだがステファンが気を放出し始めたことに気がついた。空気が固くなって来た感覚だ。サスコシ族の女性に対して圧力をかけている。それでは「腕力」で告白させるのと同じだ。相手の信頼を得られない。だから、テオはやんわりとした口調で注意した。

「カルロ、ちょっと力を入れ過ぎているぞ。」

 ステファン大尉が息を吐いた。空気がいっぺんに軽くなった感じだ。オルティスはびっくりしてテオを見つめた。テオが質問を繰り返した。

「もう一度尋ねる。君とサイスの関係は?」

 オルティスが視線を床に落とした。

「彼は私の母の母の息子の息子になります。」

 ややこしい。普通なら「従兄弟」なのだが、”ヴェルデ・シエロ”はそう簡単な家族構成でないことが往々にある。ステファンがテオの代わりに確認した。

「サイスの父親は、君の母親と父親が違うのだな?」
「スィ。」

 つまり、同じ女性を共通の祖母に持つが、祖父は違う男性である従兄弟だ。だが”ヴェルデ・シエロ”は母系社会を基礎としているので、オルティスの半分だけの叔父はオルティスの母親と同じ家で育った。この場合、100パーセントの叔父と同じ扱いになる。だが、その叔父の息子は、叔父が100パーセントでも50パーセントでも、子供を産んだ母親のものだ。”ヴェルデ・シエロ”の社会では従兄弟ではなく他人と見做される。だからオルティスは「従兄弟」とは言わずに、ややこしい言い方で表現したのだ。

「君とサイスの関係は理解した。サイスはアメリカ国籍を持っている。向こうで生まれたんだろう? いつ知り合ったんだ?」
「知り合いではありません。私は彼のファンの1人です。」

 彼女はステファンに顔を向けた。

「信じて、これは本当なの。私は彼の音楽が好きでずっと聴いてきたけど、実際に彼に会ったのは一月前なのよ。」
「するとファンクラブの集まりか何かで彼に会った?」

 テオの問いに、彼女はまた彼の方を向いた。こっくり頷いた。

「彼がセルバに移住して来てまだ1年でした。こちらに家を買って住んでも、演奏はアメリカへ行って行うので、滅多に地元のファンは彼に会えなかったんです。だからファンクラブが熱心に彼にアプローチを試みて、遂にファンクラブのメンバー限定でリサイタルを開いてくれたのが一月前でした。素晴らしかった! 皆彼の演奏に心を奪われました。彼のピアノを聴いていると、まるで天国にいるみたいな気分になって・・・」

 ステファン大尉がまた微かに気を放った。と言うより、緊張した。テオは彼を見た。大尉が硬い声でオルティスに言った。

「サイスは演奏の時に気を放出しているのではないか?」

 テオはポカリと頭を殴られた気分になった。レコードやC Dやネット配信では音しか聞こえないが、生で演奏を聞くと心を奪われる・・・。ピアニストの能力が高いのは確かだろう。しかしロレンシオ・サイスはピアノを弾きながら彼自身気がつかずに気を放っているのだ。彼が己の演奏に酔い、聴く者も酔わせる。
 オルティスが渋々ながらステファンの言葉を認めた。

「スィ。ロレンシオは無意識に気を放っているの。ファンは皆気づかなかったけれど、私はわかった。彼が私の血縁だと言うことは知っていた。叔父が長老に問い質されて認めたから。叔父は仕事でアメリカに行った時に向こうの女性と恋に落ちたのよ。だけど、セルバにも叔父の妻子がいたから、彼は向こうの女性をこちらへ連れて来ることが出来なかった。サイスの母親は私達一族ではないから。叔父は帰国して長老に報告したらしいわ。長老は国外のことには関知しないと言って、叔父にアメリカの母親と子供のことを忘れさせようとしたの。でも叔父は仕送りだけ続けていた。だから、私の家族はロレンシオのことを知っているの。」


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