ステファン大尉はテオドール・アルストの家を出る前にデルガド少尉の携帯に電話をかけておいた。サイスの家の前に来ると、自動で門扉が開いた。ステファンにとって機械の助けを借りなくても開けるシステムだったが、家の中の人間の安否を確認するのにサイスによる門の開閉は必要だった。
サイスの車と並べてジープを駐車して、玄関へ行った。玄関扉は彼が開けた。施錠されていたが、”ヴェルデ・シエロ”には鍵はないのも同じだ。
中央に鎮座しているグランドピアノの前でロレンシオ・サイスが座っており、デルガドは窓際で外を眺めてた。ステファンがリビングに現れるとサイスが立ち上がった。既にデルガドが簡単な説明をしていたのだろう、ステファンが緑の鳥の徽章を提示すると、緊張した表情ではあったが微笑んだ。ステファンの方から声をかけた。
「ブエノス・ディアス、大統領警護隊のステファン大尉です。デルガド少尉からお聞きだと思いますが、貴方の護衛にやって来ました。」
「ブエノス・ディアス、ピアニストのロレンシオ・サイスです。」
サイスはアメリカ流に握手を求めて手を差し出した。ステファンはそれに応じずに質問した。サイスの為に英語を使った。
「貴方のお父上もそうやって初対面の人に握手を求められましたか?」
「父は・・・」
サイスは困惑した。
「アメリカ人の基準から見れば、少し変わったところがありました。しかし、母が彼はメソアメリカの先住民なので、違う習慣を持っているのだと言いました。」
そして彼はキッチンの方を見た。
「朝食はお済みですか? 僕はコンサートの翌日はいつも昼頃迄食欲が湧かないので、コーヒーだけですが・・・」
「朝食は済ませました。お気遣いなく。」
ステファンはチラリとデルガドを見た。護衛の任務に就いている少尉が何か食べたりする筈がない。実際デルガドはそばのテーブルに水のペットボトルを置いてるだけだった。サイスがステファンの視線の先に気がついて言った。
「昨夜、彼が僕の車に乗り込んで来て、正直なところびっくりしました。I Dを見せられなかったら、大声を上げていたでしょう。」
「彼が貴方の車に乗った理由は聞かれましたか?」
「はい。僕がジャガーに変身したので、護衛が必要になったと言われました。」
彼は不安と恐怖に満ちた目で相手を見た。
「僕がジャガーに変身したと本気で信じていますか?」
ステファンはちょっと笑って見せてから、応えた。
「私もジャガーに変身出来ます。貴方と違って黒いですが。」
彼はデルガドを指した。
「彼も変身しますよ。貴方をからかってなどいません。ただ、ナワルは軽々しく使うものではない。他人に見せる為に変身するのではないのです。だから、我々は先週の月曜日にサン・ペドロ教会界隈に出没したジャガーを探していました。」
サイスの顔色が白くなった。彼は両手で頭を抱えた。
「何の話をされているのか、理解出来ません・・・」
「そうでしょう。」
ステファンはキッチンのそばのソファを指した。
「座って話しましょう。水は要りますか?」
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