2021/10/28

第3部 隠れる者  19

 「失礼ですが、貴方の父上は貴方の母上と正式な夫婦ではなかった、そうですね?」
「そうです。」

 サイスは声を低めたが、それは別に婚外子であることを恥じた訳ではなかった。親のプライバシーを大声で言う必要がなかっただけだ。

「父上にはセルバに正式な妻と子がいたことをご存知ですか?」

 え? とサイスが目を見張った。

「奥さんがいたことは知っています。でも・・・子供もいたのですか?」
「娘が1人います。」

 サイスの顔が一瞬明るくなった。姉妹の存在を知って喜んだのだ。ステファンは痛ましい気持ちになった。

「父上が貴方と貴方の母上をセルバに呼ばなかったのは、呼べなかったからです。」

 ステファンはそこでデルガドの方を向いた。サイスも釣られて同じくデルガドを見た。ステファンが少尉を指さした。

「彼は純血種です。混じりっけ無しの”ヴェルデ・シエロ”です。しかし・・・」

 彼がサイスに向き直ったので、サイスも彼を見た。

「私はご覧の通り、白人の血が混ざっています。どこの世界にもいるでしょう? 有色人種の血が家族に混ざるのを嫌う白人、同じく外国人の血が混ざるのを嫌う国粋主義者・・・”ヴェルデ・シエロ”の世界にもいるのです、純血至上主義者と呼ばれる人々が。自分達は神と呼ばれた種族だから、異人種の血が混ざることを許さない、と言う人々がいるのです。」

 ステファンは己の苦労話は避けた。サイスに彼が置かれている立場を出来るだけ衝撃を与えずに伝えるには、どう語るべきか考えながら喋った。

「貴方の父上の両親は、”ティエラ”の血を引く孫を望みませんでした。だから、父上は貴方と母上をセルバに呼びたいと希望されましたが反対され、諦めました。」
「どうして諦めたんです? 差別なんか耐えられるのに・・・」

 アメリカ人らしくサイスが言った。ステファンは残酷な真実を言わねばならなかった。

「”ヴェルデ・シエロ”のファシストは、例え血が繋がった孫でも異種族の親を持つ子供は殺してしまうのです。」

 サイスが黙り込んだ。彼はステファンとデルガドを交互に見比べた。ステファンは仕方なく己の経験を語った。

「私も幾度か純血至上主義者に狙われたことがあります。勿論、暴力的な連中はほんの一握りです。大概は差別的な言葉を浴びせられる程度です。」
「貴方は大変な苦労をされたのですね、きっと・・・」

 ステファンは苦笑した。

「私が苦労したのは人種差別より貧困でした。実家が母子家庭で貧しかったのでね。しかし、貴方の父上の実家は裕福なのです。ただファシストの家庭は親の権威が絶対です。父上は両親に逆らえませんでした。そして更に悪いことに、正式な奥方もファシストの家庭の娘で、彼女自身もファシストでした。そんな環境に、貴方と母上を連れて行けません。お分かりですね?」
「父はアメリカへ行くことも許されなかったのですね・・・」
「その様でした。父上はせめてもの愛情表現として貴方達母子に仕送りをされていたそうですが、それが正式な奥方の知れるところとなり、奥方に酷く責められたそうです。そして心労で亡くなってしまった。」

 サイスがグッと唇を噛み締めた。母と出会わなければ父は今でも健在だったのだろうか、と彼は思ったに違いない。感情の波を抑えて、サイスが口を開いた。

「僕がセルバへ来たのは、アメリカの母が亡くなり、父からの頼りも途絶えたからです。父を探してもう一度会いたかった。ピアノで有名になったら、会いに来てくれるかも知れないと思ったこともありましたが、マネージャーのボブ・マグダスが調査してくれて、父がアスクラカンと言う町で亡くなっていたことを知りました。演奏活動がひと段落着いたら、父の墓へ行こうと思っていますが・・・」
 
 ステファンは彼を遮った。

「私は言いましたね、父上の親族は純血至上主義者だと。貴方1人で墓参りをすることはお勧め出来ません。」
「しかし、理由もなく父の親族が僕に攻撃してくるでしょうか?」
「理由はあります。」

 ステファンはピアノを見た。

「演奏する時に気を放出していますね。」

 サイスがキョトンとした。

「何です?」

 無意識にやっているのか? ステファンは言葉を変えてみた。

「聴衆が貴方のピアノに集中してくれるよう、念を込めて弾いているでしょう?」
「ええ・・・ミュージシャンは皆そうですよ。」
「だが彼等は”ティエラ”だ。気を放っていない。」
「その、気って何です?」

 ステファンはサイスの手を見た。突然サイスの両手がテーブルの上でピアノを弾く様に指を動かし、左右に動き始めた。サイスが慌てた。手を止めようとして、しかし止められず、彼は真っ青になってステファンの顔を見た。突然彼の手は動きを止めた。

「僕の手・・・」
「申し訳ない、実際に見てもらわないと信じて頂けないのでね。」

 ステファンは、荒い呼吸をしながら自分を見るピアニストに教えた。

「他人を自分の思い通りに動かしたいと思うと動かせる、それを”操心”と言います。超能力の使い方の一つです。私は貴方の両手を動かして見せましたが、貴方はシティ・ホール一杯の聴衆全ての関心を貴方の曲に惹きつけていられる。」
「待って・・・」

 サイスはステファンの言葉を理解しようと考えた。

「それは、僕のピアノ演奏が人々を惹きつけているのではなく、僕が超能力で人々を操っていると言う意味ですか?」

 ステファンは慎重に言葉を選んだ。

「貴方のピアノの腕前は本物です。魅力的でダイナミックで、しかも繊細だ。それはネット配信やC Dを聴いていればわかります。媒体では超能力の効果はありませんから。しかし、生の演奏を聞く場合は、それだけではないのです。貴方は自分のピアノを聴いて欲しいと願い、無意識に超能力を使ってしまっています。」
「そんな・・・」

 その時、デルガドが振り返った。よろしいですか、と彼に声をかけられ、ステファンは意外に思いながらも、許可を与えた。デルガドがそばにやって来た。

「昨日の朝、ここへ女性の少佐とグラダ大学の先生が来ましたね?」
「はい。」
「少佐も大統領警護隊です。つまり、”ヴェルデ・シエロ”です。彼女は貴方と話をした後、貴方に”操心”をかけました。」
「え?」
「彼女の”操心”は、演奏中に気を放つな、と言うものでした。貴方は知らないうちにその術にかかりました。ですから、昨日のコンサートの間、貴方は一度も超能力を使えなかったのです。昨日の大成功は、貴方の実力です。私も昼の部を聴きました。素晴らしかったです。」

 彼は上官を振り返り、「以上です」と告げて、再び窓際の持ち場へ戻った。


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ステファンがサイスの手を動かした能力は”操心”ではなく”連結”だが、他人を支配して動かすことが出来ると言う説明の為に、彼は”操心”と言っている。サイスが無意識に使っていた能力が”操心”だったからだ。

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