雨季が近いので風が少し湿り気を帯びていた。降らない雨季は困るが激しく降る雨季も困る。今季は軽く済んで欲しい、とセルバ人は願う。ほろ酔い気分でテオと少佐はレストランを出て、文化・教育省の駐車場へ向かって歩いていた。少佐はショルダーバッグを肩にかけているので、両手が塞がるのを嫌ってテオと手を繋いでくれない。テオは彼女のバッグを守るように間に挟む形で並んで歩いた。
「君とカルロ、ビアンカとロレンシオ、なんだか対照的な姉弟だなぁ。」
少佐が応えないので、彼は1人で喋り続けた。
「姉が純血種で、弟がミックスだ。姉は生まれつき自然に超能力を使えるが、弟は教わらないと使えない。カルロもロレンシオも子供時代に教えてくれる人がいなかった。ただ、カルロは自分が”シエロ”だと知っていたし、能力が強いことは周囲にもわかっていた。そして姉さんは彼が一人前の”シエロ”になると信じて積極的に教育してくれた。一方ロレンシオは本当に最近まで自分が何者か知らなかったし、能力が何かも知っていなかった。彼の姉さんは最悪だ。純血至上主義者で弟の存在を認めない。拒否するだけでなく、命を狙っている可能性すらある。姉さんに拒絶されたと知って、彼はどんなに哀しかっただろうな・・・」
少佐が肩をすくめた。
「オルトが何を考えているのか、彼女を捕まえて訊いてみなければわかりません。彼女はサイスを殺そうと考えているのではなく、ただ能力の強さを確認しただけなのかも知れません。ピューマが必ずしも”砂の民”になるとは限らない。彼女は周囲から浮いて案外孤独に苦しんでいるのかも知れませんよ。」
彼女の口調が淡々としていたので、本気でそう思っているように聞こえなかった。テオは苦笑した。
「君の説は俺がそうあって欲しいと願っている内容だ。だけど彼女の言動は嘘ばかりだ。彼女の師匠が誰なのか知らないが、俺には真っ当な人とは思えない。だってそうだろう? 俺が知っているピューマは・・・ピューマなのかどうか知らないけど、社会的に真面目に働いている人々ばかりだ。博物館の館長や、大学の教授や、政治家の秘書だ。弟子に嘘ばかり付かせて教育する人達じゃないと信じる。」
「”砂の民”を信用するとは、珍しい人ですね。」
少佐が囁くように言った。
「貴方が知っている人々は、当然私も知っています。個人的にお互い知り合っているから、彼等は優しいのです。敵と見做したら、その瞬間から彼等は冷酷になれます。現にカルロはシショカを今でも警戒しています。私もシショカをマハルダとアンドレには近づかせません。純血至上主義者は実際、残酷な仕打ちをミックス達に平気でします。」
「ムリリョ博士も純血至上主義者だよな?」
「あの方は人格者ですから。」
少佐が苦笑した。
「ミックスを殺したりしません。寄せ付けないだけです。ミックスの若者達が無防備に放出する気が煩わしいと感じていらっしゃるのです。」
「彼は今でもカルロを”黒猫”って呼んでいる。軽蔑じゃなく、愛情を籠めて呼んでいるように俺には聞こえるんだ。」
テオの言葉に少佐がニッコリ笑った。
「カルロが生まれる前からカタリナ・ステファンを守っていた人ですからね、カタリナの子供達は特別なのでしょう。」
テオが以前から考えていたことを、少佐も同様に感じていたのか。テオは嬉しく思った。
文化・教育省の駐車場に着いた。少佐のベンツに近づくと、彼女が車の安全確認をした。そして彼を振り返った。
「どっちが運転します?」
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