2021/11/04

第3部 狩る  15

  エミリオ・デルガド少尉がやって来たので、ステファン大尉はアパートの3階の窓を指差した。

「女はあの部屋に戻っている。文化保護担当部からの情報によれば、彼女は南部国境近くの遺跡で文化保護担当部のクワコ少尉から職質を受け、答えずに逃げたので銃で撃たれた。脇腹を負傷したらしいが、どの程度治っているのか不明だ。これから私は彼女の部屋へ行って彼女を捕まえる。逮捕容疑は違法ドラッグの使用だ。君は私の後ろでフォローしろ。彼女の目を塞がねばならん。私が彼女の目を塞いだら、彼女の手を拘束しろ。もし少しでも攻撃の気を感じたら、容赦無く撃て。相手はピューマだ。油断禁物だぞ。」
「承知。」

 デルガドはホルダーの銃の弾倉を確認した。カルロ・ステファンは知っている。大統領警護隊の隊員達は皆優秀な軍人だ。しかし実際に敵と対峙して、命の遣り取りを経験した隊員は少ない。遊撃班でさえ人を殺した経験を持つ隊員は数人しかいないのだ。デルガドはまだ20歳になったばかりだ。南部の穏やかなグワマナ族の漁村で生まれ育った。詳しい経歴を聞いたことはないが、他人の命を奪う過酷な体験はしたことがないだろう。
 ステファンとデルガドがアパートの入り口へ向かおうとした時、3階から物音が聞こえた。2人は咄嗟に隣のアパートの影に入った。3階のBの部屋の窓から人の頭が突き出された。オルトがケツァル少佐の結界が消えたことを確認しているのだ、とステファンはわかった。

「出て来るぞ。」

 彼等はアパートの出入り口に左右に別れて立った。数分後、やや足を引きずった感じの音が階段を降りて来た。右脚を動かすと脇腹が痛むのか。アパートの階段から見て右側に立っているデルガドは完全に気配を消していた。獲物が通るのを待っているマーゲイだ。ステファンも石になった。音だけを聞いていた。
 女が建物から出て来た。その横顔のシルエットを見た瞬間、ステファンはデルガドに怒鳴った。

「エミリオ、東の非常階段だ!」

 2人は建物と建物の隙間へ入った。物がごちゃごちゃ置いてあるので邪魔だった。デルガドが身軽に障害物を乗り越えて行く。ステファンは彼を先に隙間に入らせてしまったことを後悔した。しかし隙間の幅では彼を追い越せない。だから、隙間の出口に達した時、ステファンは喉の奥を鳴らした。

クッ!

 デルガドがマニュアル通りのお手本見たいに地面に身を投げ出した。ステファンは彼の体を飛び越して、裏路地に出た。風が彼に向かって吹いてきた、と感じる前に、彼はそれを押し返した。キャッと女の声が上がり、路地の向こうの非常階段の下に人間が転がった。ステファンがそちらへ走ると、女は立ち上がり、よろめきながら走り出した。

「止まれ!」

 ステファンは怒鳴った。

「止まらんと脚を砕くぞ !

 女が動きを止めた。

「”出来損ない”が私に命令するのか!」

と彼女が前を向いたままで怒鳴った。

「さっき来た女は、日没迄待つと言ったわ!」
「彼女と私の所属部署は違う。正規のお前の担当者は私だ。」

 ステファンは彼女にゆっくりと近づいて行った。後ろから命令通りデルガドが手に拳銃を射撃の構えで握り、彼と同じ歩調でついて来た。ステファンの呼吸に合わせて、女にそこにいるのはステファン1人だと思わせている。
 近づくと血の臭いがした。女の傷は治っていない。体内に弾丸が残っているのだ。

「大人しく捕縛されて手当てを受けろ。君の容疑は違法ドラッグの使用だ。素直に捕まって自供すれば罪は軽微で済む。」

 ステファンは彼女の前へ回り込んだ。デルガドが拳銃をホルダーに収め、彼女の両手を掴み、後ろで拘束しようとした。いきなり女が体を反転させた。ステファンは咄嗟に彼女の首を横から打った。
 路上にデルガドが倒れ、その上に女も倒れた。

「エミリオ! しっかりしろ!」

 ステファンは女の体を押し退け、デルガドに声をかけた。デルガドが目を開けた。顔が苦痛で歪んだ。彼が消え入りそうな声を出した。

「大尉・・・すみません、貴方が彼女の目を塞ぐ前に・・・」
「喋るな。すぐに救援を呼ぶ。」

 動かなくなった女をチラリと見て、ステファンは携帯を出した、本部へ電話をかけた。呼び出しが鳴る数秒間に、デルガドの体をサッと透視した。本部が応答した。ステファンは早口で喋った。

「遊撃班ステファン大尉だ。デルガド少尉がピューマの気の”爆裂”にやられた。肋骨が3本折れている。動かすと肺を傷つけるので、大至急救護を要請する。場所は西サン・ペドロ通り7丁目と第7筋の交差点から西へ2軒目のアパートの裏路地だ。」

 本部が、すぐにそちらへ救護へ向かうと告げた。ステファンは急いで付け足した。

「アパートの表に”操心”にかけられた”ティエラ”の女性がいる。保護をお願いする。」

 電話を終えると、ステファンはビアンカ・オルトに近づいた。オルトは死んでいた。ステファンのジャガーの一撃で頚骨が砕かれたのだ。

「お前が悪いんだ。」

とステファンは言った。

「私の部下に手を出したから。」




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