2021/11/07

第3部 終楽章  7

  夜、テオはケツァル少佐から電話をもらった。少佐はステファン大尉がまだ彼の家にいるのかと尋ね、ステファンではなくロレンシオ・サイスがいると聞いて、2人で少佐のアパートに食事に来ないかと誘ってくれた。
 外出と聞いて、サイスは興味を抱いた。何処へ行くのかと訊くので、テオが友人のアパートだと答えると、花やワインを持って行かなくて良いのか、と言った。

「花は要らないと思うが、ワインは持って行った方が良いな。」

 テオはサイスを車に乗せて最寄りの店で赤ワインを1本仕入れた。高いものには手が出なかったが、サングラスで顔を隠したサイスが、安くても美味しいものがある、と選んでくれた。それを持って約束の時間に彼女のアパートを訪問した。
 予想した通り、少佐のアパートには文化保護担当部の面々が集まっていた。アスルがいないだけだ。なんの予備知識もなかったロレンシオ・サイスだったが、出迎えに玄関に現れたデネロスと目が合って、思わず”心話”で「わっ! 可愛い!」と呟いたら、「有り難う」と脳の中に返事をもらって狼狽えた。
 家政婦のカーラが作った料理が並ぶテーブルを囲むと、ロホがグラスを掴んで差し上げた。

「まず、マハルダの試験が無事に終わったことへ、乾杯!」

 乾杯!と一同が声を上げた。そしてデネロスが続けた。

「アンドレの入試申請が無事終了したことに乾杯!」

 乾杯!と一同が声を上げた。次に少佐が言った。

「ミーヤ遺跡の今季発掘が無事終了したことに、乾杯!」

 乾杯!と一同が声を上げた。ギャラガが言った。

「雨季のボーナスに乾杯!」

 乾杯!と一同が笑いながら言った。テオも何か言わなければ、と焦って言った。

「ロレンシオがここにいることに乾杯!」

 乾杯!と文化保護担当部の一同がサイスに向かって言った。だから、ロレンシオ・サイスも言った。

「私が何者か教えてくれた人々に乾杯!」

 乾杯!と全員が叫び、やっとグラスのワインが飲み干された。
 料理を食べ、和やかに会話が交わされた。サイスはデネロスとギャラガから演奏旅行の話をせがまれ、過去の体験の中から楽しかった話題を思い出しながら語った。少佐とロホはステファン大尉が今朝早くビアンカ・オルトとの間に何かやらかしたと思っているので、テオから話を聞きたくてウズウズしているのが、テオにはわかった。

「明日の夜は、エル・ティティに帰省されるのですか?」

とロホが訊いてきた。テオは頷いた。

「スィ。教授会が終わったらすぐに・・・終わらなくても時間が来たら、夜行バスに乗るつもりだ。」

 そして彼は大事な要件を思い出した。少佐に頼み事があったのだ。

「ロレンシオをアスクラカン迄一緒に連れて行く予定になっているんだ。だけど、彼を人前に出せないから、バスの時間迄何処かに彼を居させてもらえないかな? 午前中は俺の家に居るんだが、教授会の間に彼が居る場所が必要だ。」
「貴方の研究室は駄目なのですか?」
「俺の部屋は学生達がしょっちゅう出入りしているから、ロレンシオを見つけたら大騒ぎするだろう。」
「バスの時刻は何時です?」
「時刻表通りなら、いつもと同じ、午後8時ピラミッド前のバスターミナルを出発だ。」
「カルロはもう彼を放置ですか?」
「カルロだって忙しいんだよ。今朝のことがあるし・・・」

 少佐とロホに見つめられて、テオは彼等が何も知らないのだと気がついた。
 突然、ロホがグラスを持って、バルコニーの方を向いた。

「暑くないですか? ちょっとバルコニーで大人の話でもしませんか?」

 少佐もグラスを掴んだので、テオも立ち上がった。デネロスが振り向いた。

「どうしたんです?」
「大人の話をしに行くのです。」

 少佐が目で彼女に何か言った。デネロスはそれ以上突っ込まなかった。


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