2021/11/07

第3部 終楽章  6

  司令部の待機室でカルロ・ステファンは2時間ほど黙って座っていた。エミリオ・デルガド少尉の救護に当たった遊撃班の同僚達の聞き取りが、デルガド自身からの聞き取りの後で行われたので、長時間待たされた。

 事件現場は本部から近かった。だからステファンの通報から救護部隊が駆けつけたのは、彼が電話をかけてから15分後だった。ジープ3台と救急車1台。それ迄の間、ステファンはデルガドの手を握って言葉をかけ続けた。気絶させる訳にいかなかった。普通の負傷と違って”ヴェルデ・シエロ”の気の爆裂をまともに食らったのだ。”呪い”をかけられたも同じだった。指導師に診てもらわなければならない。気絶してしまえばお祓いを受けられない。
 指導師の資格を持つ遊撃班指揮官と同僚達が到着すると、彼等は直ちにその現場である裏道を封鎖した。未明で人通りがないと言っても、いつ誰かが通りかかって大統領警護隊の行動を目撃するかわからない。目撃されるだけなら良い、市民は、何か良くないことが起きてロス・パハロス・ヴェルデスが後処理をしている、と思ってくれる。実際そうなのだ。しかしその処理の最中に大きな声や音を立てられて、指導師の祈祷や救護者の処置の妨害になると困るのだ。デルガドの命に関わることだから。
 部下達に見張りと警護を命じると、指揮官はデルガドが倒れているところに来た。ビアンカ・オルトが死亡していることを確認し、それからステファンから”心話”で状況報告を得ると、彼は一旦ステファンを含めた部下全員をデルガドのそばから追い払った。
 5分後、ステファンは3名の同僚と共にデルガドのそばへ呼ばれた。

「搬送するための前処置として、デルガドの折れた骨を繋ぐ。眠らせるが、それでも骨繋ぎの際に苦痛で暴れるので、君等で彼を押さえつけておくように。」

 指揮官は麻酔の錠剤を出し、デルガドに飲ませた。1分後にデルガドは意識朦朧となり、指揮官は己のスカーフを外して彼に噛ませた。舌を噛むのを防ぐためだ。ステファンと3名の同僚達はデルガドの両肩と両脚を抑えた。指揮官は両手を重ね合わせ、デルガドの陥没しかけた胸の上に翳した。一瞬彼は全身に力を入れ、ステファンと同僚達は空気が凍りついたような感覚を体験した。デルガドの体がビクンと跳ね上がりそうになり、彼等は満身の力を込めて彼を路面に押さえつけた。時間はほんの3秒程だった筈だが、彼等には数分に思えた。
 指揮官がいっぺんに老け込んだ様に見えた。疲弊して彼は路面に尻もちをついた。

「デルガドを救急車へ・・・」

と彼は命令した。

「国防省病院へ搬送しろ。骨がくっつくまで、寝かせてやれ。」

 仲間が担架にデルガドを載せて運んで行く間に、ステファンは指揮官の手を取って立ち上がるのに手を貸した。指揮官が苦笑した。

「君はケツァル少佐の心臓からナイフを抜き取るのに5時間も頑張ったそうだな。普通の隊員では到底無理な時間だ。ほんの数秒で私など、ふらふらだ。」
「しかし、私は祓いが出来ませんでした。だから少佐をあの後半月以上苦しめる結果になりました。」
「祓いの方法は教えてやる。指揮官になる者には必要な知識だ。」

 指揮官はオルトの遺骸を見下ろした。

「恐らく、”砂の民”の名簿にこの女は入っていない筈だ。誰の弟子でもないのだろう。」
「独断でピアニストの命を狙ったと?」
「この女がどんな考えで行動していたのか、それを調べろ。死者の考えを辿るのは難しい仕事だがな。」


 ステファンは、文化保護担当部には永久に戻れない、と悟った。それをテオドール・アルストに告げる勇気がなかった。


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