2021/11/14

第3部 終楽章  12

  グラダ・シティ最大のショッピングモールは、地方から出てきた人間には迷宮の様に思える。大勢の人間、煌びやかな装飾、豪華な建物、多種多様な商品、店舗・・・。
 カルロ・ステファンは吹き抜けのある噴水広場で、ベンチに座っているケツァル少佐を見つけた。見たところ彼女は1人の様だ。私服姿で携帯の画面を眺めている様子に見えたが、恐らくフリだけだ、と彼は思った。彼女はこんな賑やかな場所でぼんやり時間を過ごす人ではないのだ。
 ブエノス・タルデス、と声をかけると、彼女は振り返り、ニコッと笑って返事をしてくれた。そして目で隣を示したので、彼は遠慮なく腰を下ろした。

「貴方がここにいるなんて、珍しいですね。」

と彼女の方が先に言った。ステファンは肩をすくめた。

「休暇を与えられたので、実家に帰っているのです。今日で2日目です。」
「でも、貴方が暇を潰す場所とは思えませんが?」
「今日は母と妹の荷物持ちです。女達が買い物をしている間、ここで待機を命じられました。」

 軍隊的な物言いに、少佐が笑った。カルロ・ステファンは15歳でセルバ共和国陸軍に入隊してから大統領警護隊に引き抜かれ今日迄、休暇を与えられても実家に帰ったことがなかった。自分で何かしら言い訳を作り、どこかで時間を潰していたのだ。しかし、母親と妹を故郷のオルガ・グランデからグラダ・シティに呼び寄せたのは彼自身だ。ちゃんと彼女達の相手をしてやれと、ケツァル少佐からもテオドール・アルストからも、ロホやアスルからもせっつかれ、その上大学の恩師ファルゴ・デ・ムリリョや副司令官トーコ中佐からも煩く言われたので、今回初めて休暇を実家で過ごすことにしたのだ。だが、今ショッピングモールで何をして良いのかわからず、ベンチで座っているだけだ。少佐に出会えたのがもっけの幸いと言った風で、少佐は少し呆れていた。

「待機ですか・・・何時から?」
「今、彼女達と別れたところです。」
「では、2、3時間はかかりますよ。」

 恐らく、カタリナ・ステファンも立派な大人になった息子をショッピングに連れ出したものの、どう扱って良いのかわからないのだ。
 ステファンは己のことばかり話題にされるのも癪なので、少佐に質問した。

「貴女こそ、ここで何をなさっておられるのです?」
「私も待機です。」

 少佐がけろりとして答えた。

「母が新しい店を出すので、今建築家と打ち合わせ中です。北ウィングに空きスペースができたので、そこを改装して宝飾店にします。セキュリティやら内装やらで打ち合わせが長引きそうです。」
「それで、ただ座っておられるのですか?」
「通行人を見ています。何人の”シエロ”が通るか数えていました。貴方が邪魔したので、6人目でわからなくなりましたけど。」
「それは失礼しました。」

 これだけ人間が通っていて、たったの6人か、とステファンは思った。多分、少佐が数えたのはメスティーソが殆どだ。それも”心話”しか出来ない「ほぼ”ティエラ”」の”シエロ”だろう。
 2人で3分ほど黙って人通りを眺めていた。
 不意に、少佐が呟いた。

「あのサスコシの女のことですけど・・・」

 ステファンは無視しようかと思ったが、思い直した。

「オルトですか?」
「スィ。彼女は本当に弟を殺すつもりだったのでしょうか。」
「わかりません。」

 彼は正直に言った。

「ただ、逮捕したバンドリーダーの証言によれば、サイスが変身したドラッグパーティーを提案したのは、彼女だったそうです。バンドリーダーは隠れ蓑に使っているサイスやバンドのメンバーをドラッグで潰したくなかった。だから、ちょっと騒ぐ程度で止めさせるつもりだったのですが、オルトが濃度の高いドラッグを連中に飲ませた。だから彼等は意識を失ってサイスが変身するところを見ていません。オルトは麻薬密売組織に雇われていた運び屋です。仲間のバンドリーダーやマネージャーのマグダスを危険な目に遭わせてでも、あの時にあのパーティーを行わなければならない理由があったのでしょう。」
「サイスの能力を目覚めさせることですか?」
「スィ。しかし、彼女は純血至上主義者です。サイスを家族として歓迎したとは到底思えません。彼女は死ぬ間際迄、私を”出来損ない”と蔑んでいました。そして純血種でも力の弱いグワマナ族を侮っていました。ですから・・・」

 ステファンは少し躊躇ってから、打ち明けた。

「昨日、実家に帰る前に、グラダ大学に立ち寄って、ケサダ教授に意見を伺ってみました。」
「任務のことを話したのですか?」
「規律違反であることは承知しています。しかし教授は勝手に私の心を盗みましたからね、全てご存じでした。」
「教授にどんなことを訊いたのです?」

 少佐が興味を抱いて彼を見た。ステファンは溜め息をついた。

「聞けば胸が悪くなりますよ。」
「言いなさい。」
「オルトはサイスを変身させ、彼が街へ飛び出すのを止めなかった。止めようとしたと証言したのは嘘で、故意に外へ出したのだ、と教授は見解を語られました。ドラッグで理性を失ったジャガーのサイスが、警察に撃ち殺されるのを期待したのだろう、と。」

 ケツァル少佐が顔を前へ向けた。片手で口元を抑え、気分が悪い、と言うジェスチャーをした。勿論、ケサダ教授が考えた内容に対しての感情だ。
 ステファンは暫く黙った。少佐が口を開くのを待っていた。
 やがて、少佐が囁いた。

「オルトは”砂の民”ではなかった・・・”砂の民”なら、そんな方法は使いません。ジャガーは死んだら人間に戻ります。」
「スィ。教授もそう仰いました。オルトはピューマでしたが、他のピューマから受け容れられていなかったのです。彼女の思想はあまりに過激で、却って危険だったのです。教授はムリリョ博士から、逸れピューマを大学に入れたと叱責を受けられたそうです。」

 少佐が振り向いたので、ステファンは補足した。

「オルトがオルティスと名乗って、大学へ来て私に嘘の証言をした時のことです。」
「博士はその当時大学内にいらっしゃらなかったのでしょう?」
「私は存じませんが、きっとお2人の恩師達の間で彼女が大学に侵入したことが問題になったのでしょう。」


 

 


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