2021/11/02

第3部 狩る  12

  一方通行の道路が交互に東西に伸びているマカレオ通りから東サン・ペドロ通りを通り、西サン・ペドロ通りの筋を北上して、ケツァル少佐は自宅の高級アパートの駐車場に車を入れた。厳重なセキュリティーのドアを2か所通り、エレベーターで自室があるフロア迄上がった。自宅に入ると、彼女はバッグをソファの上に投げ出し、バルコニーに出た。高台の一等地だ。グラダ・シティの市街地が一望出来る。雨季が近いので商店街は消灯が乾季より早い。それに平日だから日付が変わる頃になるとポツポツと灯りが消えていくのが見えた。
 少佐は目を閉じて暫く風を感じていた。それから室内に戻ると、足首の拳銃とは別に肩から吊るすホルダーを装着した。こちらの拳銃は標準サイズで大きめだ。弾倉に弾が込められていることを確認して、彼女は携帯電話以外何も持たずに外へ出た。
 少佐は西サン・ペドロ通り第7筋を南下して、7丁目との交差点まで歩いた。学生用アパートが並んでいる通りだ。彼女は通りをゆっくりと歩き出した。ステファン大尉とデルガド少尉の報告にあった建物の前に立つと3階の窓を見上げた。どの部屋も照明は消えている。グラダ大学だけでなく、どの学校も今は期末試験の期間で試験で実力を出し切った学生達は疲れて眠っているのだ。
 通りを走って来た車が遠ざかる迄待って、少佐はそのアパートの中に入った。階段の壁に微かに血の臭いが残っていた。撃たれた傷の傷口は塞がったかも知れないが、アスルが撃った弾丸がもし体内に残っていれば、サスコシ族の能力では自力で弾丸を体外に出せない。女は手術を必要とした筈だ。自分で摘出出来るか、それとも誰かにやらせるか? 女は先週の土曜日迄、つまり5日前迄このアパートに住んでいた。土曜日の午後にテオとステファンに住まいを突き止められて逃げたが、火曜日に撃たれていきなり傷の手当てをする場所を確保出来たと思えなかった。隠れるなら、ここだ。
 3階まで上がって、少佐はBのドアの前に立った。血痕はそこで終わっていた。少佐はドアに耳を当てて中の気配を伺った。2人いる、と彼女の本能が告げた。1人はオルトのルームメイトだろう。ここで踏み込んでオルトを捕まえるのは難しい。ルームメイトの女性は”ティエラ”の筈だ。人質に取られる恐れがある。一番簡単なのは、中に踏み込むと同時に気を爆発させてオルトを叩きのめす方法だ。しかし、それでは他の部屋の住民に損害を与える。ルームメイトにも怪我をさせる恐れがある。何よりもオルトを審判にかける前に死なせてしまう。
 少佐はドアノブに手を翳した。鍵が開いた。カチッと言う音がして、彼女は暫く動きを止めた。部屋の中は静かだ。中の人間は眠っている。しかし銃創を負った人が熟睡出来るだろうか。ケツァル少佐は撃たれた経験があった。右胸を撃たれた。すぐに軍医による手術を受けたが、その夜は傷が疼いてよく眠れなかった。”ヴェルデ・シエロ”は傷を負うと眠って治癒を促す。それでも体にメスを入れられると、自然の治癒より早くなる分痛みが酷くなる。
 オルトは今動ける状態なのだろうか。
 少佐はドアを静かに開いた。入ってすぐに狭いキッチンとバスルームがあり、奥に狭いリビングルームがあった。寝室は左右にドアが一つずつ。彼女はキッチンのシンクの縁に懸かっていた布巾を取り、ドアの下にストッパーの代わりに挟んだ。音を立てずにドアを閉め、最後に布巾を抜き取って施錠した。その動作の後、再び静かに動きを止めて様子を伺った。5分も待ってから中へ移動した。バスルームの前を通った時、血の臭いを嗅いだ。傷の手当てをした痕跡だ。少佐はリビングの中央に立った。左右のドアを見比べた。
 右のドア・・・彼女は当たりをつけた。低い声で呼びかけた。

「サスコシのビアンカ・オルト、話がある。私は大統領警護隊シータ・ケツァル・ミゲールだ。」



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