ケツァル少佐はカタリナ・ステファンに断ってカルロの部屋へ行った。ドアに鍵が掛かっていたが、ノックすると直ぐに開けてもらえた。”ヴェルデ・シエロ”に鍵は何の意味もない。ブエノス・タルデス、と挨拶を交わして、カルロ・ステファンは異母姉を中に招き入れた。質素な部屋だ。住人が本部の官舎に住んでいるから、実家には殆ど物がない。家を購入した時に付いていた家具がそのままあるだけだ。衣類は床に置かれたリュックに収納されている。窓際の古い机の上に置かれたラップトップに密林の映像が映し出されていた。
椅子が1脚しかなかったので、少佐はベッドの上に座った。そしてラップトップのスクリーンを顎で指した。
「オクタカスですか?」
「スィ。私にも派遣の話が電話で伝えられました。長老の護衛です。」
「私も同じです。一種の牽制でしょう。」
「牽制?」
「グラダ族の力がどんなに強くても、調子に乗るとこうなるぞ、と言う・・・」
ああ、とカルロは頷いた。
「私は司令部に入るつもりはありませんよ。」
「私もです。」
「指揮官より、捜査官の方が面白い。」
カルロ・ステファンは机の前の椅子に座り、マウスを動かして密林の画像を動かした。
「この部分、2年前の事故の後、撤収時にフランス隊が厳重にシートをかけたのですが、3分の1ほど動かされています。慎重に元に戻したつもりでしょうが、微妙にズレています。盗掘があったことは確実です。」
「誰が撮影したのです?」
「オクタカス村の子供です。スマートフォンで撮影して、SNSにアップしていました。」
「子供が?」
「最近、村でも携帯電話が通じるようになったので、面白がって遺跡へ行って撮影大会をしたらしいのです。」
少佐が思わず微笑んだので、彼も嬉しくなった。
「自宅で座っているだけで、情報が入って来る。先祖はこんな状態を想像もしなかったでしょう。」
「そうですね。」
ケツァル少佐は弟を見た。
「今日は、ちょっと質問を持ってきました。」
「何です?」
「貴方のお祖父様の名前を教えて欲しいのです。考えたら、一度も聞いたことがありません。」
ああ、とカルロも不意打ちを食らった表情で首を振った。
「そう言えば、そうですね。私も祖父とか祖父さんとしか呼んだことがなかった。祖父の名前は・・・」
彼は遠い記憶を呼び起こそうとちょっと天井へ視線を向けた。
「エウリオ・・・エウリオ・メ・・・」
彼は自分の記憶にギクリとして、少佐を見た。
「エウリオ・メナクでした。」
少佐は彼程に驚いた様子ではなかった。
「僅か50人前後の小さな村でしたから、恐らくマナ、ケツァル、メナク、後一つぐらいしか家系がなかったのでしょうし、互いに妻の遣り取りをして全員が親族だった筈です。ニシト・メナクもシュカワラスキやウナガンと近い親族で、もしかすると異母兄弟姉妹だった可能性もあります。エウリオさんも誰かの兄か従兄弟だったのでしょう。」
カルロがフーッと息を吐いて脱力した。
「私達はあまりにも血が濃すぎますね。貴女が私を夫に選ばないと言われた理由も理解出来ます。グラダ族の純血種は危険です。貴女は危険ではありませんが、我々の子孫がどうなるか、私には抑えきれないだろうし。」
彼は姉を見て、片目を瞑った。
「でも、ハーフもまだ危ないですよ、例え半分白人だとしても。」
「何ですか、それは?」
ケツァル少佐は笑ったが、少し頬を赤らめた。それから、直ぐに真面目な顔になった。
「私が気になるのは、エウリオさんと共に出稼ぎに出た残りのイェンテ・グラダ出身の男達のその後です。 彼等はまだ生存しているのか、或いは子孫を残しているのか。」
カルロは考え、首を振った。
「祖父から何も聞いていません。長老会もそれを気にしているのかも知れませんね。 だから、我々の護衛が必要なのでは?」
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