2021/12/11

第4部 忘れられた男     16

  テオは憲兵隊のグラダ・シティ南基地へ行った。手には衣類が入った鞄を下げていたが、これはエルネスト・ゲイルと再度の面会をした後、バスに乗ってエル・ティティに帰省するためだ。憲兵隊の要請だから面会するが、本心を言えば、エルネストには関わりたくなかった。病院で会った時、エルネストはテオの顔を見ても嬉しそうでなかった。今どうしているのか、何をして暮らしているのか、アリアナは何処にいるのか、何も彼は尋ねなかった。訊く必要がないのか、関心がないのか、どちらかだ。テオが彼を愛せないように、彼もテオやアリアナを愛していない。アリアナもセルバの友人達もエルネストに絶対に近づかせたくなかった。
 アウマダ大佐はエルネストを尋問した筈だが、テオが彼のオフィスに来ても結果を伝えなかった。恐らく、テオとエルネストの証言の食い違いを見つけたいのだろう。
 金曜日の午後だ。憲兵も日勤の隊員達は任務を終了して帰りたそうな顔をしていた。テオは若い隊員に殺風景な通路に並んでいるドアの一つ迄案内された。ドアの上にプレートが掲げられており、「S Iー3」と書かれていた。取調室3号室の意味だろう、とテオは思った。憲兵がドアをノックしてから開き、テオに入るよう合図した。テオは鞄を大佐の部屋に置いて来れば良かったと思いつつ、持ったまま中に入った。鞄はビルに入る時に持ち物検査を受けていたので、誰も文句を言わなかった。
 長方形の装飾のない事務机の窓側にムンギア中尉が座り、その対面にエルネストが疲れた顔で座っていた。テオが入ると、彼は嬉しそうな表情で迎えた。

「やっと来てくれたか!」

 テオは彼を無視してムンギア中尉に挨拶して、中尉の隣の椅子に座った。

「さて・・・」

とムンギア中尉が英語で言った。

「貴方の名前と生年月日、国籍を言って下さい。」
「エルネスト・ゲイル・・・」

 エルネストは氏名と生年月日は答えたが、国籍はちょっと言葉を濁した。テオが尋ねた。

「どうした? アメリカ合衆国から追い出されたか?」

 エルネストはムッとした表情になった。

「そうじゃない、パスポートを海に落としたんだ。セルバにU Sの大使館はあるんだろ? 連絡してくれないか?」

 彼等の会話が聞こえなかったふりをして、ムンギア中尉がもう一度尋ねた。

「貴方の国籍は?」

 エルネストは渋々答えた。

「アメリカ合衆国。」

 彼は生まれた州と町の名前も告げた。ムンギア中尉は前日にテオが病院で書いたエルネスト・ゲイルの概歴に目を通していた。
 エルネストがテオに言った。

「さっきも別の憲兵に同じことを訊かれたんだ。僕は犯罪者扱いか?」
「入管を通らずに入国したからね。」
「ハリケーンで遭難して、打ち上げられただけじゃないか!」
「静かに!」

 中尉が注意した。

「乗船が遭難したのですか?」
「そうだ。」
「船の名前は?」
「ハーマイオニー」

 テオはプッと吹き出した。

「ハリー・ポッターの登場人物じゃないか。」
「船の名前なんだ。ちゃんと船体に書いてあった。」
「それは客船ですか?」

 エルネストが返事を躊躇った。中尉が重ねて尋ねた。

「民間船ですか、それとも公的機関の船ですか?」

 エルネストは溜め息をついて、答えた。

「海洋調査船だ。」

 ムンギア中尉がテオの方へ顔を向けたので、テオはスペイン語で説明した。

「海に関する色々なことを調査する装備を備えた船です。国が所有している船が主ですが、民間企業が運営しているものもあります。調査内容は、海流、海産資源、海底資源、海底地質、等の自然を調査するものがあれば、沈没船の捜索や宝探し、海底に建設された施設の点検などもあります。この男は、遺伝子学者ですから、本当に海洋調査船に乗っていたのであれば、目的は海産資源調査です。ただ、昨日も言いましたが、彼は陸軍施設で育ったので・・・」
「海産資源の調査に携わる可能性は低い、と?」
「スィ。」

 ムンギア中尉が視線をエルネストに戻したので、エルネストは「何だよ?」と言いたげに見つめ返した。セルバ人のマナーとしては、喜ばれない。
 テオは机の上に体を傾けた。

「エルネスト、本当のことを言ってくれ。君は、今、何処でどんな仕事をしているんだ? まだあの研究所にいるのか?」

 

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