2021/12/30

第4部 牙の祭り     25

  アンパロと言う女性の親の名はテオもケツァル少佐も知らなかったが、彼女の一家が住み込みで働いている家の主人の名前は知っていた。思わずテオは少佐を見て、少佐も彼を見た。少佐がラファエルの襟首から手を離した。

「長生きをしたければ、今回の出来事は忘れろ。」

と彼女はペロ・ロホの代表に命令した。ラファエルは答えなかった。だから少佐は囁いた。

「ぺぺ・ミレレスは”ヴェルデ・シエロ”を怒らせた。憲兵も”ヴェルデ・シエロ”を怒らせた。だから、あなた方はこれ以上この件に関わるな。」

 ラファエルがごくりと喉を動かした。その顔に血の気がなかった。ケツァル少佐の言葉がただの脅しでないことを理解したのだ。少佐が念を押した。

「わかったな?」
「スィ、スィ。」

 ラファエルは怯えた目で彼女とテオを見た。
 少佐がテオに目で「出よう」と合図したので、テオは出口に向かって歩き出した。少佐も歩きかけると、ラファエルが「少佐」と呼びかけた。少佐が背を向けたまま、「何?」と訊いた。彼が尋ねた。

「アンパロは生きていますか?」
「知らない。」

 と少佐は答えた。

「大統領警護隊の手に余る事案であると答えておこう。」

 雑居ビルから出て、少佐のベンツの運転席に座って、やっとテオは深呼吸した。助手席に座ったケツァル少佐が電話を出した。小さな溜め息をついてから、彼女は電話をかけた。相手は直ぐに出た。

ーーマルティネスです。
「ロホ、今何処にいますか?」
ーーもう直ぐバスコの家に到着します。
「先刻アスルに託けた貴方への命令を撤回します。バスコを自宅に届けたら、貴方はセルド・アマリージョへ行きなさい。そこでアンパロと言う女性がウェイトレスとして働いていますが、2日前から欠勤しています。もし今日店に現れたら、見張りなさい。彼女の顔はグラシエラが知っています。」
ーー承知しました。
「彼女が店から移動するようであれば尾行し監視しなさい。行き先がわかれば、テオに連絡しなさい。」
ーー承知しました。

 少佐が電話を切った。テオはこの日がグラシエラ・ステファンのバイトの最終日だったなと思い出した。ロホはアンパロが現れる迄彼女と一緒にいるのだろうか。
 少佐はまた溜め息をついた。テオが尋ねた。

「あの男に会うつもりか?」
「少なくとも、何が起きたのかビダル・バスコ少尉には説明が必要でしょう。会いたくない人物ですが、会って話を聞かなければなりません。」
「それじゃ、行こうか。」

 テオがベンツのエンジンをかけた。車が動き出した。その時、少佐の電話が鳴った。少佐が電話を出して、画面を見た。彼女がかけてきた相手の名前を見て、その日一番大きな溜め息をついた。彼女がテオに囁いた。

「ムリリョ博士です。」


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