2021/12/30

第4部 牙の祭り     26

  ファルゴ・デ・ムリリョ博士はグラダ大学考古学部の主任教授で、セルバ国立民族博物館の館長で、マスケゴ族の族長で、長老で、”砂の民”のリーダーだ。そしてケツァル少佐の考古学の恩師で、カルロ・ステファンもロホもアスルもマハルダ・デネロスも彼の教え子で、アンドレ・ギャラガは現役の生徒になる。さらにフィデル・ケサダ教授の師匠でもあるのだ。
 ケツァル少佐はペロ・ロホの代表ラファエルに教えられた人物の家に直ぐにでも行かねばならなかったのだが、長老の「来い」と言う言葉に逆らえなかった。テオドール・アルストも同伴しますと彼女が言うと、博士は「早く来い」とだけ言った。

「何方へ行けば良いですか?」
ーーグラダ大聖堂だ。

 それだけ言うと、博士は電話を切った。テオが声をかけた。

「行くか?」
「行かねば、後がややこしいでしょう。」

 2人共漠然と博士の要件がわかっていた。今関わっている件に厄介な人が首を突っ込んで来たのだ。それとも救世主になるのだろうか?
 テオは交差点で当初の目的地への方向と反対側へハンドルを切った。
 土曜日のグラダ大聖堂は一般観光客へ開放されている。宗教施設なので中は静かだが、聖堂前の大広場は土産物屋や食べ物の屋台が出て賑やかだ。テオは駐車スペースにベンツを停めた。まだ明るいがそろそろ西の空に太陽が傾きかけていた。夕刻の礼拝が始まる前だ。
 少佐とテオは聖堂に向かって歩き始めた。

「何故博士はキリスト教の教会を会談の場所に指定したがるんだろう?」

とテオが単純な質問をすると、少佐が肩をすくめた。

「純血至上主義者は教会に寄り付かないからです。立ち聞きされるリスクが少ないのでしょう。」

 聖堂の中に入ると夕刻の礼拝を見ようと集まっている観光客の後ろを通り、エクスカリバー礼拝堂へ行った。静かに扉を開くと、ムリリョ博士が祭壇の前に座っているのが見えた。テオを先に入れ、少佐は外に目を配って誰も彼等に関心を抱いていないことを確認した。扉を閉めると中から施錠した。
 テオと少佐は博士のそばへ行き、挨拶した。博士が立ち上がった。彼等を振り返り、ジロリと見た。

「儂は我が部族の中で不協和音が起きることを好まぬ。」

と彼は言った。少佐とテオは顔を見合わせた。ムリリョ博士の言葉の意味を考えた。テオが尋ねた。

「マスケゴ族の中で諍いでも?」
「諍いではない。」

 ムリリョ博士は珍しく彼の質問にまともに答えた。

「1人が仕事をした。もう1人がそれに干渉した。仲間の仕事に干渉することは許されぬ。しかし、干渉される理由はあった。」

 ケツァル少佐が彼の言葉を「解読」した。

「ビダル・バスコの大統領警護隊のI Dを無断で持ち出したビト・バスコにセニョール・シショカが制裁を与えた。それにフィデル・ケサダが干渉し、シショカが回収したビダルのI Dや拳銃を取り上げた・・・」

 ムリリョ博士は彼女を見た。

「そう言うことだ。だが何故フィデルが動いた? あれには全く無関係な事案だった筈だ。」




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