まだ日が高い時刻にプールバーに行くと、営業前だった。ケツァル少佐は勝手に解錠して中に入った。入り口カウンターの上に置かれているベルを叩くと、奥から男が1人出て来た。テオも少佐も彼に見覚えがなかったが、向こうは覚えていたらしく、こちらの顔を見ると慌てて奥へ引っ込んだ。
奥へは行かず、少佐が壁にかけられていたキューを手に取り、眺めた。テオも1本手に取った。玉を出して台に置くと、代表が現れた。少佐がチラリと彼を見て、言った。
「1回だけ遊ばせろ。」
代表が頷き、彼は部屋の隅の椅子に座った。
テオは少佐からビリヤードの手解きを受けた。元から理解と身体能力は高い。直ぐに要領を覚えた。もう1回だけ遊ばせろと、テオが要求すると、代表が少佐を見た。少佐が代表に言った。
「貴方が相手をしてあげろ。」
代表が舌打ちして立ち上がった。
勝負は愉快だった。テオは病みつきになるかも、と心の内で危惧した。流石に相手はプロ級の腕前で、テオは負けた。
「君の名前は何て言うんだ?」
「ラファエル。」
「ラファエル、次に会う時は勝たせてもらうぞ。」
彼の言葉に代表はフンと鼻先で笑っただけだった。そしてケツァル少佐を見た。
「ラ・パハロ・ヴェルデの少佐、今日は何の御用ですか? ぺぺを殺ったヤツの名前でも教えに来てくれたんですか?」
「教えてどうなると言うのか?」
少佐が何か言いかけたが、テオが遮った。
「ぺぺの彼女のアンパロは今何処にいるんだ? 彼女も狙われるかも知れないぞ。」
ラファエルは彼と少佐を交互に眺めた。
「まだ犯人を掴めていないんだな。」
と彼は呟いた。少佐が言った。
「見当はついている。」
彼女は台の上に球を全部戻した。手を使わずに。
「貴方はぺぺが何故死んだのか理由を知っているのか?」
「あいつは・・・」
ラファエルがちょっと言い淀んだ。しかし少佐と目が合いそうになり、慌てて顔を背けた。
「アンパロにつきまとっていた憲兵と話をつけると言って出かけて、それっきりだった。俺達は憲兵があいつを殺ったと思っていた。だが・・・」
「バスコ曹長も死んでいたので、困惑しているのだな。」
「スィ。」
「アンパロは何処にいる?」
黙り込むラファエルにケツァル少佐は言った。
「憲兵はアンパロに好意を持っていた。しかし彼女はぺぺを選んだ。ぺぺは殺され、憲兵も死んだ。アンパロが無事で済むと思っているのか?」
「彼女は・・・。」
ラファエルは少佐を避けてテオを見た。
「あの女はいつも自慢してました。彼女の家族は”シエロ”に守られてるって・・・」
テオは少佐を見た。ケツァル少佐が「ほう」と言いたげな顔をした。
「アンパロの家族は”シエロ”に守られていると言ったのか?」
「スィ。それが彼女の自慢でした。だからぺぺ以外の男は彼女に手を出さなかった。それが、あの憲兵は無視したんです。」
少佐がラファエルの襟首を掴んだので、テオはびっくりした。ギャング団の代表が青ざめた。
「アンパロは先住民か?」
「ノ。俺達と同じメスティーソです。」
「親は?」
「親もメスティーソです。あの・・・政府の偉いさんの家で働いている使用人です。」
「その偉いさんとは、誰だ?」
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