エルネスト・ゲイルは突然堰を切ったかの様に彼自身の現状を喋り出した。テオは横目で隣のムンギア中尉のポケットに小型の録音機が入っているのを見た。携帯電話ではないが、外国製の高価な機器だ。
ゲイルは最初にテオが国立遺伝病理学研究所を滅茶苦茶にして逃亡したことを責め立てた。そして、テオと一緒に逃げたセルバ人の男”怪盗コンドル”に対しても呪いの言葉を吐きたてた。アリアナの悪口も言った。超能力者を制圧出来なかったヒッコリー大佐の部隊の責任にも言及した。テオは彼の罵詈雑言を聞き流し、エルネストが疲れて喚き立てるトーンを落とした頃合いに尋ねた。
「ホープ将軍はお元気か?」
「将軍は死んだよ!」
ゲイルは吐き捨てるように言った。
「何故だか知らんが、自分の部下達に蜂の巣みたいに撃たれて死んだ。」
テオは、研究所から逃げ出す時、ホープ将軍とその部下達に立ち塞がれたことを思い出した。あの時、ケツァル少佐が将軍ではなく部下達に”操心”をかけた。「その男が少しでも足を動かしたり、あるいは一言でも言葉を発したら、即刻撃て!」と言う命令と共に。少佐は1時間で”操心”は解けると言ったが、将軍は立っていたから、疲れて動いてしまったに違いない。上官を射殺してしまった兵士達は気の毒だが、きっと何も記憶していないだろう。
テオの質問の意味がわからないムンギア中尉がテオを見たが、テオは気がつかないふりをして、次の質問をした。
「ワイズマン博士は?」
「軍の精神病院に入っている。」
少佐の”操心”にかけられて自ら研究所のデータを全て破壊してしまった科学者は、心も壊れてしまって修復不能になったのだ。
テオはドブスンや他の科学者達のその後も気になったが、ここで質問を控えることにした。バスに乗り遅れたくなかった。
「研究所は閉鎖になったんだね?」
「当たり前だ。全てのコンピュータがワイズマンの手で狂わされてしまって、施設全体が使えなくなった。研究所は解散された。」
「それで、君は今何処に所属しているんだ。」
エルネスト・ゲイルは、ある名前を口にした。ムンギア中尉がドアの横にあるもう一つの机の方を見た。そこにもう1人若い憲兵がいて、ラップトップでゲイルが口に出した単語を片っ端から検索して確認していたのだ。その憲兵が手を挙げて断言した。
「実在する民間企業です。養殖漁業を行なっており、カリブ海の水産資源を米国の近海で養殖して販売しています。尤も・・・」
憲兵は画面を見て顔を顰めた。
「他国の領海に無許可で侵入して違法に資源を採取して訴えられた事例が過去10年間に4回もあります。」
「ビジネスだ。」
とゲイルがテオに言った。
「珍しい魚や貝の遺伝子を採取して、培養する。天然の海で採ったものじゃないから、水族館に売れるんだ。珍味を出すレストランにも卸せる。」
「つまり、違法操業、密漁で遺伝子採取をしていたってことか?」
とテオは言った。
「だから、国籍がバレないように装備から製造元がわからないよう細工していたのか?」
ゲイルが肩をすくめた。
「誰も傷つけないんだ、スパイ行為でもない。海は広いし、魚はいっぱいいる。いいじゃないか!」
テオはムンギア中尉を振り返って言った。
「こいつ、社会常識がないんです。」
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